魅惑的な八嶋恵利奈の指揮の下、適材適所の歌手たちが大健闘
運命に翻弄される男女の悲劇だが、そこに必然が緻密にからんだ結果、全員が強い執着心をいだいて悲劇へと突き進む。具体的には、カルロとレオノーラの兄妹が属するカラトラーヴァ公爵家はカトリック信仰と純粋な血統に執着し、異教徒を嫌った。一方、インカ帝国の王族の末裔アルヴァーロは、祖国を奪われた恨みが心の底で消えない。それなのにレオノーラとアルヴァーロが結ばれようとして事件が起きたので、各人の執着は深まり続けた。
そんな状況を描くので、オーケストレーションも声の用法も、それまでのヴェルディを超えて劇的で、特に声は日本人歌手には荷が重い。先に結論をいえば、それにしてはかなりの健闘だった。
まず驚いたのは、東京フィルを指揮したドイツ生まれでムーティの愛弟子という八嶋恵利奈だった。序曲から速めのテンポだが、単に速いのではなくテンポもリズムも自由に操作し、フレーズの息づかいが細やかで、それがドラマに沿いながらエレガントなのである。劇的な場面でオーケストラを重厚に鳴らしても、音が滞留することは決してなく、流麗な起伏が築かれる。ただし、その流れが歌手の呼吸と一体になるところまでは、あと一息だが、経験を積めば克服されるだろう。
レオノーラは劇的な表現と繊細な心理描写を両立させるべき難役だが、大村博美(ソプラノ)は無理のない豊かな響きにピアニッシモを細やかに加えながら、この役を掘り下げた。第1幕はやや不安定だったが尻上がりに調子を上げ、第4幕のアリア「神よ、平安を与えたまえ」では、このヴェルディ自身の願いを切々と聴かせて心を撃たれた。
アルヴァーロもかなり劇的な声が求められ、諦念や絶望も感じさせなければならない。樋口達哉(テノール)の叙情的な声と表現にとっては、本来は重厚すぎる役だが、横隔膜の支えや高音を出す際の声区の転換など、基礎的な技術の水準が高いので歌えてしまう。しかも、持ち味の叙情的な響きゆえに、苦衷の魂が自然と滲んだ。アルヴァーロを執拗に追うカルロの今井俊輔(バリトン)も、この役に十分な質量が声に備わり、重厚で緊迫した表現を聴かせた。それがカルロの執念を思わせ、苦悩を浮かべるアルヴァーロとの二重唱は聴き応えがあった。
ところで、デヴィッド・パウントニーの演出では、冒頭から運命の化身を登場させ、運命に抗えず執念をいだき続ける登場人物たちを象徴させた。この黙役のほか、狂言回しのように物語を進行させるロマの女プレツィオジッラ、レオノーラの侍女クッラを、すべて加藤のぞみ(メゾソプラノ)が演じ歌った。
抽象的な舞台に、拳銃や十字架など、物語のカギとなるアイテムを巧みに織り込み、偶発や宿命に人間が翻弄される様子を描いたパウントニー。そのもとで、加藤はドラマを牽引する主役級の役割を負ったのだが、彼女の歌唱はそれにふさわしかった。芯がある磨き抜かれた豊かな美声を軽やかにもちいた彼女のプレツィオジッラは、フレージングが精緻でリズムは洗練され、世界のどこに出しても恥ずかしくない水準だった。陰惨な運命の物語を、いったい加藤がどれだけ引き締めたかわからない。
(香原斗志)
公演データ
東京二期会オペラ劇場
ジュゼッペ・ヴェルディ「運命の力」
9月3日 (木)18:00新国立劇場 オペラパレス
指揮:八嶋恵利奈
演出:デヴィッド・パウントニー
演出補:ロビン・テバット
装置:ライムント・バウアー
衣裳:マリー=ジャンヌ・レッカ
照明:ファブリス・ケブール
振付:マイケル・スペンスリー
合唱指揮:根本卓也
演出助手:彌六
舞台監督:村田健輔
技術監督:大平久美、村田健輔
公演監督:大野徹也
公演監督補:永井和子
カラトラーヴァ侯爵/グァルディアーノ神父:山下浩司
レオノーラ:大村博美
ドン・カルロ:今井俊輔
ドン・アルヴァーロ:樋口達哉
プレツィオジッラ/クッラ:加藤のぞみ
メリトーネ:堺 裕馬
村長:大塚博章
トラブーコ:新堂由暁
軍医:寺西一真
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ジュゼッペ・ヴェルディ:オペラ「運命の力」
全4幕 日本語及び英語字幕付原語(イタリア語)上演
他日公演
9月4日 (金)、5日(土)、6日(日)14:00新国立劇場 オペラパレス
※他日公演のキャスト等、公演情報の詳細は公式サイトhttps://nikikai.jp/lineup/destino2026/をご参照ください。
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










