サントリーホール サマーフェスティバル 2026  サントリーホール開館40周年記念 「時を編む響」

「次代への継承」を明確にした沼尻の人選

サントリーホールが1986年開館の翌年から開催してきた夏の同時代音楽祭、サマーフェスティバルもホール全体の40周年記念に加わり「歴史と未来が呼応し、ひとつに編み上げられる一夜限りのプログラム」として、3部構成の「時を編む響」を企画した。第1部は石上真由子(ヴァイオリン)、小林壱成(同)らによる弦楽合奏で仏日の作品を日本初演。その後は沼尻竜典指揮東京交響楽団(コンサートマスター=小川ニキティングレブ)が担い、第2部は三善晃、武満徹と日本の物故作曲家の作品を砂田愛梨(ソプラノ)、小林愛実(ピアノ)と新時代のソリストで再演、第3部は米英作曲家の近作を日本初演。アデスの「アリア」では成田達輝(ヴァイオリン)がソロを受け持った。

ソリストの人選における沼尻の意図は明確だ。ふだん古典派〜ロマン派の名曲に没頭する人気奏者にも優れた音楽性や演奏技術を生かし、内外の新作初演や日本人作曲家の旧作再演に目を向けてほしいとの思いが、強く伝わってきた。

指揮者の沼尻竜典
指揮者の沼尻竜典 (c)Ayane Shindo

ペパンの「シルヴァカーヌの水の葉」は南フランスの修道院の「水の華」と呼ばれる柱頭装飾に触発され、1つのモティーフが絶えず姿を変えて増殖していく様を描いた。2人のヴァイオリンを左右両端、中央にヴィオラとチェロを置いた配置はそのまま、作品の音響効果と一致する。ミニマルミュージックの様式を基本としながら、西洋と東洋、クラシックとプログレッシブロックなどの対照が意識され、雅楽に近い響きも現れる。装飾や模様は見る人ごとに異なるイメージを想起させる実態を音にしたような作品だ。

1990年代に一世を風靡した現代アート集団「ダムタイプ」の一員だった池田がアコースティックの弦楽器のために書いた最初の作品、「Op.1」は2001年にベルギーで世界初演され、四半世紀を経て今回の日本初演が実現した。ノイズのように微細に震える弦が鈴の音とともにヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと数を増やしていくが、音のテクスチュアは笙(しょう)や箜篌(くご)の和の世界に近く、不思議な静謐さに貫かれていた。両作品とも石上のリード、小林の支えがアンサンブルを生き生きと引き締めた。

ヴァイオリンの石上真由子(C)Masatoshi Yamashiro

沼尻は桐朋学園大学音楽学部の恩師である三善作品の継承をライフワークとしている。「決闘」は31歳の三善が萩原朔太郎の詩に力を得た、かなり尖った作品。永久名誉音楽監督の秋山和慶とともに数多くの同時代音楽を初演してきた東響は沼尻に負けず劣らず深い共感をみなぎらせ、木管首席奏者たちのソロともども、素晴らしい演奏を繰り広げる。イタリアでドニゼッティの名歌手として頭角を現した砂田は有り余る美声を巧みにコントロール、日本語のテキストを丁寧に再現することで新境地を示した。

ソプラノの砂田愛梨
ソプラノの砂田愛梨 ©︎Satoru Masuko

1980年代以降の「わかりやすい武満」の系譜に属する「リヴァラン」は、同じくピアノと管弦楽のための協奏曲ながら、より前衛的な「アステリズム」(1968年)と比べ再演の機会に恵まれない。沼尻はここでも再評価をキーワードと考え、小林という意表をつくソリストを選んだと思われる。管弦楽のトゥッティ(総奏)で埋もれがちな音量の制約がなかったわけではないが、強い集中力と弾力性に富むソロで、小林は明らかに別の輝きを放った。最後のつぶやくように消えていく音の余韻は、本当に美しかった。

ピアノの小林愛実
ピアノの小林愛実(c)HOSOO CO., LTD.

シェパードの「表現抽象主義」はカルダー、リヒター、カンディンスキーとクラスナー、モンドリアンという5人の画家と関連づけられた小さな4つの楽章からなる。両端楽章が緩やかな音の揺らぎだとすれば、中間2楽章はストラヴィンスキーのバーバリズム(野蛮)で対照を描く。2018年にアンドリス・ネルソンスがボストン交響楽団で世界初演、オーケストラ演奏会の華やかな幕開けに効果を発揮する作品であることは確かだ。

最後は50代の円熟期に入ったアデス。アンネ=ゾフィー・ムターが作曲者の指揮、ルツェルン音楽祭で世界初演した「アリア」は、「シベリウスへのオマージュ」と副題が添えられているが、ベタな引用は一切ない。聴く者の内面へと染み込んでいく涼やかな感触、美しいメロディーの反復発展といったシベリウスの「音の美学」をリスペクトし、自身のアリア(歌)として成就させた手腕は見事だ。ソロは第1ヴァイオリンが高音域で奏でる旋律を追うように入り、次第に存在感を増していく。ピアノとハープの伴奏だけで弾く箇所は、実質上のカデンツァかもしれない。成田の玲瓏(れいろう)なソロは共感に満ち、すべてが静寂に帰す着地点で深い余韻を残した。

ヴァイオリンの成田達輝
ヴァイオリンの成田達輝

休憩2回を含めて2時間40分の長丁場だったが、沼尻の手際良い指揮でもたれず、1964年(東京オリンピックと新幹線開業)から2022年(英国女王エリザベス2世の死去とロシアのウクライナ侵攻)までの世界の音楽のパノラマを、存分に楽しめた。

(池田卓夫)

公演データ

サントリーホール サマーフェスティバル 2026
サントリーホール開館40周年記念 「時を編む響」

8月27日(木) 18:30サントリーホール 大ホール

[第1部]
カミーユ・ぺパン(1990~):弦楽四重奏のための「シルヴァカーヌの水の葉」(2019)[日本初演]
ヴァイオリン:石上真由子/小林壱成
ヴィオラ:三国レイチェル由依
チェロ:下島万乃

池田亮司(1966~):9本の弦楽器のための「Op.1」(2000~01)[日本初演]
ヴァイオリン:石上真由子/小林壱成/土岐祐奈/森岡聡
ヴィオラ:三国レイチェル由依/戸原直
チェロ:下島万乃/柴田花音
コントラバス:長坂美玖

[第2部]
三善晃(1933~2013):ソプラノと管弦楽のための「決闘」(1964)
ソプラノ:砂田愛梨

武満徹(1930~96):ピアノと管弦楽のための「リヴァラン」(1984)
ピアノ:小林愛実

[第3部]
ショーン・シェパード(1979~):管弦楽のための「表現抽象主義」(2017)[日本初演]
トーマス・アデス(1971~):ヴァイオリンと管弦楽のための「アリア(エア)」 ~シベリウスへのオマージュ (2021~22)[日本初演]

ヴァイオリン:成田達輝

指揮:沼尻竜典
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小川ニキティングレブ

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

連載記事 

新着記事