ユージン・ツィガーン指揮イル・ド・フランス国立管弦楽団東京公演

フランスのオーケストラによる挑戦的でユニークなベートーヴェン

イル・ド・フランス国立管弦楽団はパリを中心とするイル・ド・フランス地域圏のヴァル・ド・マルヌ県アルフォールヴィルで1974年に設立され、ジャン・フルネが82年まで初代音楽監督を務めた。2026年の初来日ツアーを率いるユージン・ツィガーンは1981年、日本人を母に東京で生まれた米国人指揮者。ジュリアード音楽院でジェイムズ・デプリースト、ヘルシンキのシベリウス・アカデミーでヨルマ・パヌラに師事、2023年からフィンランドのクオピオ交響楽団首席指揮者を務めている。歴史的情報に基づく演奏(HIP)にも通じている指揮者だけに、オーケストラは一貫して対向配置だ。

日本人の母を持つユージン・ツィガーン
日本人の母を持つユージン・ツィガーン 写真提供=テンポプリモ © Atsushi Yokota

今夜唯一のフランス音楽は冒頭を飾った女性作曲家、ルイーズ・ファランク(1804~1875)の序曲第2番。変ホ長調の調性を後半のメイン、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と共有するので、凝った選曲といえる。モーツァルトの「魔笛」序曲に似た開始からメンデルスゾーンを思わせる躍動感への展開など、初期ロマン派の雰囲気が満点の佳曲。イル・ド・フランス管は管楽器こそフランスの楽団らしく色とりどりだが、全体的にはセピア色にくすんだ味わい深い音色を備え、ツィガーンの覇気に富む指揮がポテンシャルをフルに引き出す。

グリーグのピアノ協奏曲イ短調のソリストはクラシック系YouTubeチャンネル「TAKU―音 TV たくおん」で一気に知名度を上げた石井琢磨(1989年、徳島県鳴門市生まれ)。東京藝術大学からウィーン国立音楽大学へ進み、2016年にルーマニア・ブカレストのジョルジェ・エネスク国際音楽コンクール ピアノ部門で日本人初の上位入賞(第2位)を獲得した実力派で、現在もウィーンを活動の本拠としている。ピアノは今回のツアーのスポンサーに名を連ねるカワイの「シゲル・カワイ」モデルのフルコンサートグランド。石井は透明度の高い音色で丁寧に弾き進めていく。やや線は細いものの、繊細な弱音にたっぷりのニュアンスを込め、第2楽章はショパンに連なる歌心で魅了した。指揮は北欧音楽を得意とするだけに間然とする余地がなく、オーケストラをダイナミックに動かす一方、弦の細やかな刻みなどにも優れた音楽性を発揮した。

万雷の喝采を受ける石井琢磨
万雷の喝采を受ける石井琢磨 写真提供=テンポプリモ © Atsushi Yokota

「英雄」交響曲はサイズ(弦楽器編成)を12型(第1ヴァイオリン12人)から14型に拡大したが、管楽器の2管編成は守った。(ホルンは譜面の指定通り3本)。50分の快速演奏。

後半のベートーヴェンは弦楽器14型で演奏したイル・ド・フランス管弦楽団  写真提供=テンポプリモ © Atsushi Yokota

随所に細かな工夫を施す野心的な演奏だったが、全曲を一貫するグルントテンピ(基本テンポ)の土台を欠いたまま、細かなアゴーギク(速度法)を施すので、大局的な印象を持ちにくい憾(うら)みがある。第1楽章冒頭の2つの和音を「革命で処刑されるギロチンの音」(指揮者のプレトークより)として引き延ばしたり、作曲家の闘争心と逡巡の対比を極端な速度の落差で描いたりするのは面白いのだが…。第2楽章の「葬送行進曲」も作曲当時のオーストリア軍の行進リズムのデフォルトを離れ、ベルリオーズの幻想交響曲のようにカラフルな再現で意表を突く。第3楽章のホルンは狩ではなく、舞踏会の華やかさを振りまく。第4楽章でも首席奏者の弦楽四重奏に弦の一部だけを加えたりして音響に工夫を施しつつ、緩急のメリハリをはっきり付けた。「まだまだ、言いたいことがたくさんあるだろうな」と思ったが、個人的にはもう少し統合された構築物を拝みたかった。

(池田 卓夫)

野心的な解釈で随所に独自の工夫をみせたユージン・ツィガーン
野心的な解釈で随所に独自の工夫をみせたユージン・ツィガーン 写真提供=テンポプリモ © Atsushi Yokota

公演データ

ユージン・ツィガーン指揮 イル・ド・フランス国立管弦楽団 東京公演

7月13日(月)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

指揮:ユージン・ツィガーン
ピアノ:石井 琢磨
管弦楽:イル・ド・フランス国立管弦楽団

ファランク:序曲第2番
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調Op.16
ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」

アンコール
グリーグ:「君を愛す」(ソリスト)
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番(オーケストラ)

他日公演
7月15日(水)14:00 東京オペラシティ コンサートホール

 

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

連載記事 

新着記事