ピンカス・ズーカーマン指揮&ヴァイオリン 東京フィルハーモニー交響楽団 第1032回定期演奏会

「ズーカーマン・ヴィブラート」全開! ヴァイオリン演奏の魅力と楽しさに満ちたモーツァルト

コンチェルトはソロがアップボウの重音で始めたのでビックリ。人にもよるが普通ここはダウン。しかもいきなり「ズーカーマン・ヴィブラート」全開。往年のシャンソン歌手やジェラール・スゼイなどが使った口蓋垂(いわゆるノドチンコ)を強く震わせるときに発生する絶滅危惧種の魅力的なヴィブラート。以後これが連発されるので聴き手としてはうれしくて仕方がない。スタイルが、古典派の様式がどうの、という以前にヴァイオリン演奏の魅力と楽しさが会場に充満する。トゥッティ時にソロが第1ヴァイオリンのパートを一緒に演奏するのではなく、昔ながらのソロとバックが対立する方法も今では懐かしい部類に入る。

ピンカス・ズーカーマンが指揮&ヴァイオリンで東京フィルハーモニー交響楽団第1032回定期に登場
ピンカス・ズーカーマンが指揮&ヴァイオリンで東京フィルハーモニー交響楽団第1032回定期に登場 撮影=藤本 崇/提供=東京フィルハーモニー交響楽団 

カデンツァは事前情報も終演後の発表も無かったが、サム・フランコによる定番のものがそのまま演奏された。重音だらけで「モーツァルトの様式に相応しくない」と言われ続けながらも同世代のムター、パールマンなどもこれを愛奏。ここも第3楽章のかつて議論百出だった「シュトラースブルクの民謡」部分と共に例の彼だけのヴィブラート満載。ズーカーマンは7月に78歳になるはずだが音程、音色、ボウイングが全く衰えておらず、むしろ若い時代の良くも悪くも音楽がハッピー過ぎるピンキー(彼の愛称)から「悪くも」の部分が抜け、風格が出て来た。

サム・フランコによる定番のカデンツァを演奏し、ズーカーマンならではの魅力的なヴィブラートを聴かせた
サム・フランコによる定番のカデンツァを演奏し、ズーカーマンならではの魅力的なヴィブラートを聴かせた 撮影=藤本 崇/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

交響曲のほうは順に6/5/4/3/2プルト(第1ヴァイオリン12人、コントラバス4人)、クラリネット付きのバージョンで演奏。高齢ヴァイオリニストの余技どころか、細かなボウイングに配慮が行き届き、時に長いフレージングで一気に歌うなど、昨年6月客演時の「ジュピター」以上に硬派な音楽を聴かせてくれた。反復は第1楽章提示部だけというごく普通の形態だったが、メヌエット楽章の弦と管の絡みなどにまで細かな配慮がなされ、久しぶりに「40番ト短調」の世界に浸りきることができた。

久しぶりに「40番ト短調」の世界に浸りきることができたと感じさせる演奏だった
久しぶりに「40番ト短調」の世界に浸りきることができたと感じさせる演奏だった 撮影=藤本 崇/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

このような演奏に対して「20世紀型ヴィルトゥオーゾ演奏の残滓(ざんし)」などという野暮な批判をする人がいるとしたら(今さらいないと思うが)、「いろんなモーツァルトがあっていいじゃないの」と返答しよう。いいモーツァルト大会だった。

(渡辺和彦)

公演データ

東京フィルハーモニー交響楽団 第1032回定期演奏会

6月18日(木) 19:00サントリーホール 大ホール

指揮&ヴァイオリン:ピンカス・ズーカーマン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦 章宏

プログラム
モーツァルト
:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
:ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216
:交響曲第40番ト短調K.550

他日公演
6月21日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

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渡辺 和彦

わたなべ・かずひこ

音楽評論家。北海道生まれ。弦楽器と歌(他ジャンルを含む)、猫、小鳥好き。
NHK「朝のバロック」他の企画構成を約20年担当、FM東京(現トーキョーFM)クラシック番組担当も長く務める。前後して「ヴァイオリニスト33」(河出書房新社)、「ヴァイオリン・チェロ名曲名演奏」(音楽之友社)、「ラテン・クラシックの情熱」(水曜社)などを発表。最初の著作「クラシック辛口ノート」(洋泉社)のため「辛口評論家」と言われることも多いが実はそれほどでもない。

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