ディストピアからユートピアへ~東京二期会「トゥーランドット」

チームラボが立体的につくりあげた舞台空間 (C)teamLab, Daniel Kramer, Tokyo Nikikai Opera Foundation
チームラボが立体的につくりあげた舞台空間 (C)teamLab, Daniel Kramer, Tokyo Nikikai Opera Foundation

 東京二期会とジュネーブ大劇場との共同制作、「トゥーランドット」が2月23~26日まで東京文化会館大ホールで上演された。イングリッシュ・ナショナル・オペラの前支配人、ダニエル・クレーマーが日本で初めて演出を手掛け、国際的アート集団チームラボが光を駆使して作り上げた舞台の初日の様子を、音楽/オペラ評論家の香原斗志さんにレポートしていただく。

 

 見せ方が話題の舞台だったが、話題になるだけのことはある。ダニエル・クレーマーの演出は、舞台をおそらく架空のディストピアに置いている。そこでは男性が中心の社会のもとで女性が抑圧されているが、男性の女性に対する支配欲は、生殖機能をもつ女性へのコンプレックスの裏返しでもある。そして男性は男性で傷つけあっている。

 

 こうした世界が、話題のチームラボの照明や映像で立体的に彩られた。プログラム掲載のインタビューに、チームラボ代表の猪子寿之氏が「ディスプレイが境界面にならない映像をつくろうとして」いると答えていたが、事実、劇場のプロセニアム・アーチを超えて走りゆく光が客席を巻き込むので、われわれは単なる聴衆ではいられなくなる。

 

 ノンポリで女性に対する古い価値観の持ち主でもあったプッチーニの脳裏には、クレーマーと重なるような価値観は存在しなかっただろう。そう考えると、深読みのしすぎであるには違いない。ところが――。

 

 今回の上演では、プッチーニの絶筆となったリューの死のあと、通常のフランコ・アルファーノ版ではなく、ルチアーノ・ベリオが補筆したバージョンが使われ、これが効果的だった。プッチーニがフィナーレの作曲に手間取ったのは、トゥーランドットとカラフの大団円を凱歌(がいか)のように単純には終えられなかったからではないだろうか。

 

 ベリオ版ではそこが穏やかに、静かに描かれ、プッチーニが聴けば納得するのではないかという気になった。感じられたのはエゴも争いも昇華された世界で、音楽的な落としどころがそこにあったとすれば、クレーマーが打ち出した世界観も、あながちプッチーニの意図から外れてはいないのかもしれない。

ベリオ補筆版での上演も話題に (C)teamLab, Daniel Kramer, Tokyo Nikikai Opera Foundation
ベリオ補筆版での上演も話題に (C)teamLab, Daniel Kramer, Tokyo Nikikai Opera Foundation

 そう思えた背景に、ディエゴ・マテウスの指揮が大きく貢献している。エル・システマ出身のこの指揮者は、冒頭からドラマティックかつ、じつに引き締まった音楽を聴かせ、それとの対比で叙情性もより掘り下げられるという、奥の深い音楽を聴かせた。

 

 そして、ベリオ補筆後の、アルファーノとはまるで表情が異なる穏やかで静謐(せいひつ)な味わいも染み入るように描き、音楽が落ち着いてこそ世界ははじめて本質的に動き出す、という逆説を伝えるに雄弁だった。新日本フィルハーモニー交響楽団は、そんなマテウスの高度なねらいによく応えていた。

 

 ディストピアをユートピアに変える二人。トゥーランドット役の田崎尚美(ソプラノ)は、巨大な声の持ち主ではあるが、叙情性も失われていない。一方、カラフを歌った樋口達哉(テノール)は、元来はリリックな声が持ち味だが、近年、声が質量を増し、カラフを歌っても非力には感じられない。

 

 こうして同じように強さと叙情性を併せ持つようになった二人の声が、相性よく重なりあった。そして、そんな声のからみが、結果論かもしれないが、この舞台で示された世界観を補完した。また、リューを歌った竹多倫子(ソプラノ)は、男性が抑圧しながらも憧れるという、ドラマを動かす触媒としての女性を描いて説得力があった。

まさに音楽と映像が融合した世界観 写真提供:公益財団法人東京二期会(撮影:寺司正彦)
まさに音楽と映像が融合した世界観 写真提供:公益財団法人東京二期会(撮影:寺司正彦)

公演データ

【東京二期会 プッチーニ「トゥーランドット」新制作】

2月23日(木・祝) 18:00、24日(金) 14:00、25日(土) 14:00、26日(日) 14:00

東京文化会館大ホール

指揮:ディエゴ・マテウス
演出:ダニエル・クレーマー
セノグラフィー、デジタル&ライトアート:チームラボ

ステージデザイン:チームラボアーキテクツ

※以下、23・25日/24・26日ダブルキャスト
トゥーランドット:田崎尚美/土屋優子
皇帝アルトゥム:牧川修一/川上洋司
ティムール:ジョン・ハオ/河野鉄平
王子カラフ:樋口達哉/城 宏憲
リュー:竹多倫子/谷原めぐみ
大臣ピン:小林啓倫/大川 博
大臣パン:児玉和弘/大川信之
大臣ポン:新海康仁/市川浩平
役人:増原英也/井上雅人
合唱:二期会合唱団
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
プッチーニ:「トゥーランドット」
オペラ全3幕(ルチアーノ・ベリオによる第3幕補作版
日本語字幕付きイタリア語上演

Picture of 香原 斗志
香原 斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、「イタリア・オペラを疑え!」(アルテスパブリッシング)。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」、「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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