伝統、プロイセンの響き ティーレマン&シュターツカペレ・ベルリン

ティーレマンとともに6年ぶりに来日したシュターツカペレ・ベルリン (C)宮嶋大貴
ティーレマンとともに6年ぶりに来日したシュターツカペレ・ベルリン (C)宮嶋大貴

 クリスティアン・ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ベルリンの日本公演について振り返る。取材したのは12月6日、東京オペラシティコンサートホールで行われたワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、ブルックナーの交響曲第7番を取り上げた公演。(宮嶋極)

 

 6年ぶりとなるシュターツカペレ・ベルリン(ベルリン州立歌劇場管弦楽団、主催者表記=国立歌劇場管弦楽団、以下SKB)の日本公演。当初は音楽監督のダニエル・バレンボイムが指揮する予定だったが、体調不良で来日することができず代わってティーレマンが指揮台に立った。来日前、ベルリン州立歌劇場のワーグナー「ニーベルングの指環」などの主要公演でもティーレマンが代役を務め大成功を収めたことは現地メディアのサイトやSNSなどで伝えられていたため、日本公演に向けてのファンの期待も高まっていた。実際、そうした期待に違わぬ名演が連日、繰り広げられたようだ。

 

 取材した6日の公演のプログラムは指揮者交代に伴ってチャイコフスキーの交響曲をメインにしたものから前述の内容に変更された。今のティーレマンを知る上でも絶好の曲目である。というのも2003年11月のウィーン・フィル日本公演でやはり体調不良で来日できなくなったヴォルフガング・サヴァリッシュの代役をティーレマンが務めたことを受けて変更されたのと同じ演目だったからだ。この時、「トリスタン…」の演奏が素晴らしく、翌年ウィーン国立歌劇場で彼の指揮による全曲公演をサッカー・サポーターの弾丸ツアーのような日程で取材に行ったくらい感銘を受けた。その一方でブルックナーについては求められる水準を十分にクリアする演奏ではあったものの、全体的に自然な音楽の流れと表現の深みに欠けた印象で「10年後に彼の指揮でまた聴きたい」と感じたことを思い出す。それから19年の歳月が経ち、ティーレマンも円熟の度を少しずつ増しつつあり、ウィーン・フィルと行ったブルックナー・ツィクルスも評判を呼んでいることから、筆者はこのプログラムに注目したのである。 

 

 「トリスタン…」はワーグナーを得意とするティーレマンだけに今回も濃密な響きを醸成してうねるような音楽の流れを作っていたのは「さすが」のひと言に尽きる。サウンド全体の雰囲気がウィーン・フィルやバイロイトで聴いた時とは明らかに違っていたのはSKBの個性の発露であろう。重心が低く厚い響きの中に硬い塊のようなものを感じるのはウィーンや南ドイツのオケとは異なるプロイセンのサウンドである。今やこうした音はベルリン・フィルからは聴くことができなくなったが、SKBではバレンボイムが守り抜いてきたことが分かる。ベルリン生まれでカラヤンのアシスタントを務め、フルトヴェングラーを尊敬するティーレマンによって、SKBの特質が存分に引き出された格好だ。

 

 さて、ブルックナーたが、19年前のような作為的なテンポ・ルパート(部分的にテンポを揺らして演奏すること)や長いゲネルラルパウゼ(総休止)を多用することなく、自然な流れを維持しつつ、じっくりと大きな山を構築していく音楽作りはこの曲に相応しいものであった。スコアを見ながら聴いていたわけではないので断定はできないが、恐らくハース版をベースにした演奏だったのではないだろうか。ところが、この曲の頂点ともいえる第2楽章終盤の177小節以降にハース版にはないシンバルとトライアングルが鳴らされた。その一方でティンパニ奏者がトライアングルを担当したためか、この部分のティンパニのロール(高速連打で音を伸ばす奏法)はなし。このスタイル、ティーレマンの指示なのか、それとも何か別の理由があったのであろうか、興味深いポイントである。

 

 とはいえ、終始高い緊張感が保たれ、繊細さと壮大さを兼ね備えた音楽作りによって演奏全体の訴求力は圧倒的なものとなり、終演後はオケが退場しても盛大な拍手が鳴り止まず、ティーレマンは2度もステージに呼び戻され大喝采に応えていた。

 

 ティーレマンは2012年から務めていたザクセン州立歌劇場(ドレスデン国立歌劇場)及びシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者を退任する方向であることが伝えられているのに加えて、2000年から音楽面で中核的役割を果たしてきたバイロイト音楽祭への出演予定も来年以降はなく、今後の去就が注目されていた。今回、SKBと抜群の相性の良さを示したことでベルリン州立歌劇場におけるポスト・バレンボイムの最右翼に躍り出たことは間違いなさそうだ。

聴衆の喝采によりステージに呼び戻されるティーレマン (C)宮嶋大貴

公演データ

【クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ベルリン 日本公演】

12月6日(火)19:00 東京オペラシティコンサートホール「特別公演」

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調

 

12月7日(水)19:00 サントリーホール「ブラームス・ツィクルス第1夜」

ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73
ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

 

12月8日(木)19:00 サントリーホール「ブラームス・ツィクルス第2夜」

ブラームス:交響曲第3番ヘ長調Op.90
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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