歌唱と管弦楽と演出が理想的なバランス~ペーザロ・ロッシーニ・フェスティバル2023レポート①

「エドゥアルドとクリスティーナ」より、バルチェッローナ扮するエドゥアルド(左)とバルトリ扮するクリスティーナ (C) Amati Bacciardi
「エドゥアルドとクリスティーナ」より、バルチェッローナ扮するエドゥアルド(左)とバルトリ扮するクリスティーナ (C) Amati Bacciardi

ロッシーニの作品、ひいてはベルカントの総本山というべき、中部イタリアのペーザロで毎夏開催されるロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)。4年ぶりに訪れた音楽祭の水準は、想像以上に高かった。3回に分けて届ける報告の第1回は、新演出で上演された2つのオペラについて。(香原斗志)

残されていた最後のオペラ「エドゥアルドとクリスティーナ」

今年の目玉は1819年にヴェネツィアで初演された「エドゥアルドとクリスティーナ」(8月17、20日に鑑賞)。1980年に始まったROFで、ロッシーニのオペラ39作のうち、唯一未上演だった。既存作品の素材をつぎはぎしたパスティッチョのために、評価が低かったようだ。

 

クリスティーナはスウェーデン王カルロの娘で、将軍エドゥアルドとひそかに結婚し子供ももうけている。それが父に知られて2人は死を求められるが、エドゥアルドがスウェーデンをロシアの襲撃から救うと、王は2人を許す――という展開で、スウェーデンをウクライナに置き換えれば、いまが旬の話である。

クリスティーナ(バルトリ)とカルロ(エネア・スカラ) (C) Amati Bacciardi
クリスティーナ(バルトリ)とカルロ(エネア・スカラ) (C) Amati Bacciardi

楽曲は「ブルグントのアデライーデ」「エルミオーネ」など4つの傑作から、ロッシーニ自身が「いいとこどり」して構成したもの。それだけに、いざ上演されると音楽的水準の高さに驚かされた。

 

その立役者が、新国立劇場などへの客演で日本でもおなじみの指揮者ヤデル・ビニャミーニで、RAI国立交響楽団を率いて活気がみなぎる音楽を聴かせた。ロッシーニらしい快活さが劇的に発展したとき、のちのヴェルディをも内包することにも気づかせてくれた。

 

カルロ役はバリ・テノーレ(バリトンの力強さを併せもったテノール)の役で、エネア・スカラが強靭(きょうじん)な響きとシャープなアジリタを両立させた。ズボン役のエドゥアルドは、ダニエラ・バルチェッローナがスムーズな装飾歌唱をふくめて健在ぶりを示した。

クリスティーナに扮するアナスタシア・バルトリ (C) Amati Bacciardi
クリスティーナに扮するアナスタシア・バルトリ (C) Amati Bacciardi

圧巻はクリスティーナ役のアナスタシア・バルトリだった。2021年、東京・春・音楽祭のリッカルド・ムーティ指揮「マクベス」で、理想的なマクベス夫人を歌った彼女は、ロッシーニにも合うのか半信半疑だったが、強靭な声をロッシーニの様式に見事に適合させるテクニックに驚かされた。インタビューに次のように語った。

 

「現在、私のキャリアの中心である初期ヴェルディのアジリタがある劇的な役は、その20年前にロッシーニが書いた劇的なオペラ、特にイザベラ・コルブランが歌った役に書法が近い。『エドゥアルドとクリスティーナ』も(コルブランが歌った)『エルミオーネ』から楽曲が取られています。ロッシーニのほうがテクニックは求められるものの、『ナブッコ』や『マクベス』に通じます。加えて(音楽祭総裁の)マエストロ・パラシオからも、ロッシーニの様式を指導してもらえましたが、基本的にはテクニックは近いのです」

 

ロッシーニのある意味で抽象的な音楽は、ステファノ・ポーダの演出とよく合った。舞台を囲む透明な壁面に、古代の彫像が大量に収められ、登場人物には常に白塗りのダンサーたちがからみ合うのだ。ダンサーたちは物語の状況や人物の心理を代弁し、バルトリは「歌う際に内面に生じる心理的な霊気のようなものを、彼らが外に引き出すように表現してくれるので、歌い手としてはずいぶん助けられた」と語った。

インタビュー時のバルトリ。写真に映っているのは往年の名ソプラノで母親のチェチーリア・ガスディア
インタビュー時のバルトリ。写真に映っているのは往年の名ソプラノで母親のチェチーリア・ガスディア

新国立劇場出演の2人が支えた「ブルグントのアデライーデ」

1817年にローマで初演された「ブルグントのアデライーデ(ブルゴーニュのアデライーデ)」(8月16、19、22日に鑑賞)は、10世紀のブルグント王国が舞台。アデライーデは征服者ベレンガリオの息子アデルベルトに結婚を迫られるが、皇帝オットーネがベレンガリオの軍を破り、アデライーデは皇妃となる。

アデライーデのペレチャツコ(左)とオットーネのヴァルドゥイ・アブラハミヤン。右はリッカルド・ファッシが扮するベレンガリオ (C) Amati Bacciardi
アデライーデのペレチャツコ(左)とオットーネのヴァルドゥイ・アブラハミヤン。右はリッカルド・ファッシが扮するベレンガリオ (C) Amati Bacciardi

アルノー・ベルナールの演出は、舞台をこのオペラの制作現場に置き換え、ドラマの筋は劇中劇として表現された。このためシリアスな状況がコミカルに描かれるなどして賛否両論だったが、ロッシーニの同じ音楽が悲劇にも喜劇にも合うとあらためて気づかせてくれる効果もあった。

 

歌手はアデライーデがオルガ・ペレチャツコ、アデルベルトがルネ・バルベラ。ともに新国立劇場でも歌った力ある歌手で、そつのない安定した歌唱。オットーネ役のヴァルドゥイ・アブラハミヤンが鮮やかな装飾歌唱と艶のある深い歌唱で、大器ぶりを示した。指揮はフランチェスコ・ランツィッロッタが初日を振ったのちにバイク事故で大けがをし、以後は助手のエンリーコ・ロンバルディが務めた。急な代役にしては見事だった。

アデルベルトを歌うルネ・バルベラ(左)とアデライーデのペレチャツコ。劇中劇が進行中 (C) Amati Bacciardi
アデルベルトを歌うルネ・バルベラ(左)とアデライーデのペレチャツコ。劇中劇が進行中 (C) Amati Bacciardi
香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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