7年ぶりの来日 内田光子&マーラー・チェンバー・オーケストラ日本公演

コロナ禍の来日中止を経て2度目の来日を果たした内田光子&マーラー・チェンバー・オーケストラ (C)N.Ikegami
コロナ禍の来日中止を経て2度目の来日を果たした内田光子&マーラー・チェンバー・オーケストラ (C)N.Ikegami

内田光子がアーティスティック・パートナーを務めるマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)とともに来日し、自らの弾き振りでモーツァルトのピアノ協奏曲を軸にした2つのプログラムを披露した。取材した10月31日、ミューザ川崎シンフォニーホールにおける公演(Aプロ)と11月9日、サントリーホールでの公演(Bプロ)について、それぞれ振り返る。(宮嶋 極)

【プログラムA】

1曲目はモーツァルトの協奏曲第25番。MCOはファースト・ヴァイオリン8人を軸とする小編成でほぼ全曲にわたってノーヴィブラート。チュラル・トランペット、口径の小さなバロック・ティンパニを使用するなどピリオド(時代)奏法に準拠したスタイル。一方の内田はというと、彼女が描くモーツァルトの世界観に立脚した演奏を貫き通す。それは昨今のモーツァルト演奏とは趣を異にするもの。遅めのテンポを時に大きく揺らしながら、終始柔らかい響きを追求し、穏やかで深みのあるモーツァルトの音世界を組み立てていく。一見、両者はミスマッチにも感じられるが、実際はそうならないところが内田の確信に満ちた解釈の力とMCOの柔軟性のなせる業といえよう。

 

内田の求めに応じてMCOはノーヴィブラートながら、ヴィブラートをかけたかのような柔らかなサウンドを紡ぎ出し、彼女のモーツァルトの世界に寄り添っていく。内田はとりわけ弱音の扱いに腐心していることが、その指揮ぶりからもうかがわれ、MCOは繊細なタッチでそれに応えていた。

ミューザ川崎シンフォニーホールでは内田の公演は初 (C)Geoffroy Schied|MAHLER CHAMBER ORCHESTRA
ミューザ川崎シンフォニーホールでは内田の公演は初 (C)Geoffroy Schied|MAHLER CHAMBER ORCHESTRA

2曲目はMCO本来の〝すごみ〟が解き放たれたかのような快演であった。管楽器10人、弦楽器5人という変則的な編成によるアンサンブル。古典的な形式をトレースしつつも不明瞭な調性、対位法の繁用によるアンサンブルというよりは独奏のせめぎ合いのような斬新な楽曲を、高い緊張感と切り込み鋭い表現の連続で、息つく暇を与えないほどのテンションで聴かせ切ったのは圧巻だった。

 

3曲目、モーツァルトの協奏曲第27番は基本的には25番と同様の演奏。前述のようなシェーンベルクを聴いた後での穏やかなモーツァルト。少し物足りなく感じたのは筆者だけであろうか。盛大な喝采に応えての内田はシューマンの「謝肉祭」から第18曲「告白」をアンコール。繊細なタッチが聴く者にしみじみとした感傷を呼び起こすような深さに心動かされた。

【プログラムB】

同じ演奏者による似たようなプログラムであっても演奏内容は随分と違ってくるのは、海外のオケやアーティストの来日公演ではよくあることだ。9日、サントリーホールにおけるBプロの公演もそうしたことを感じさせるものであった。

 

1曲目のモーツァルトの協奏曲第17番は第2楽章まではミューザと同じ雰囲気で演奏が進んでいった。ところが、第3楽章からMCOのギアがアップしたかのように変貌。コンマスの動きが全体を強くけん引するかのように大きくなり、アンサンブルがアグレッシブになっていく。内田が指向する穏やかで深い精神性を感じさせるモーツァルトの音楽世界とギアを上げたMCOの演奏との間で、よい意味での綱引きが始まったように筆者には映った。その結果、音楽に快活さが生まれ、聴く者をどんどん引き込んでいく。

内田はサントリーホールにおけるオープニング・シリーズでもモーツァルトの協奏曲を奏でている (C)N.Ikegami|SUNTORY HALL
内田はサントリーホールにおけるオープニング・シリーズでもモーツァルトの協奏曲を奏でている (C)N.Ikegami|SUNTORY HALL

2曲目のヴィトマンの「コラール四重奏曲」室内オケ版は2020年1月に内田指揮によるMCOによって初演された作品。今回はオケだけでの演奏。ステージ上に弦楽器、2階客席中央にオーボエ、上手にフルート、下手にファゴットを配置して立体的な音響を作り出し、室内オケにもかかわらず宇宙的な広がりを感じさせる音場を作り出し、この演奏集団のポテンシャルの高さを示す演奏となった。

 

3曲目の協奏曲第22番も17番第3楽章からの流れをそのまま継続し、MCOの活発な演奏と内田の深い表現がうまくかみ合って、聴き応え満点の演奏となった。これこそが2006年から続く両者のコラボにおける成果なのだろう。終演後には客席は大いに沸いて内田はモーツァルトのソナタ第10番の2楽章をアンコール。MCOが退場後も拍手は鳴りやまず、内田が2度もステージに呼び戻されるほどの盛り上がりとなった。

今回の来日ではモーツァルトで近現代作品を挟んだプログラムを披露 (C)N.Ikegami|SUNTORY HALL
今回の来日ではモーツァルトで近現代作品を挟んだプログラムを披露 (C)N.Ikegami|SUNTORY HALL

公演データ

内田 光子withマーラー・チェンバー・オーケストラ日本公演

指揮&ピアノ:内田 光子
管弦楽:マーラー・チェンバー・オーケストラ

〇プログラムA
10月31日(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
11月2日(木)19:00 サントリーホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503
シェーンベルク:室内交響曲第1番ホ長調Op.9
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595

〇プログラムB
11月9日(木)19:00 サントリーホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453
ヴィトマン:弦楽四重奏曲第2番「コラール四重奏曲」室内オーケストラ用編曲(日本初演)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482

Picture of 宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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