伝統と異なる解釈で真の「トスカ」を オクサーナ・リーニフ インタビュー

ボローニャ歌劇場の音楽監督として日本公演に帯同するオクサーナ・リーニフ (C)Oleh Pavliuchenkov
ボローニャ歌劇場の音楽監督として日本公演に帯同するオクサーナ・リーニフ (C)Oleh Pavliuchenkov

オクサーナ・リーニフが来日する。2021年に女性ではじめてバイロイト音楽祭の指揮台に立ち、翌22年からイタリアの歌劇場初の女性音楽監督としてボローニャ歌劇場を仕切っている、ウクライナの指揮者である。台頭著しい女性指揮者のなかで、世界的な注目度は群を抜く彼女が、ボローニャ歌劇場日本公演でプッチーニ「トスカ」を指揮する。来日を前にインタビューした。(香原斗志)

国際的経験でイタリアの音を深める

「トスカ」の前に、ボローニャ歌劇場の印象と音楽監督としての抱負を尋ねた。

 

「ボローニャ歌劇場は音楽史上重要で、それは多くの作品が初演され、価値を与えられたのに加え、シェフを務めたチェリビダッケ、シャイー、ガッティらのほか、トスカニーニからティーレマンまで優れた指揮者が歴史を築いてきたからです。その伝統を継承するのも、初の女性音楽監督という、イタリア音楽史上画期になる役割を果たすのも光栄です。私の国際的な経験と専門知識を持ち込み、イタリア伝統の音と表現を深めるつもりで、まずはドイツやスラブ圏の流派に沿ってオーケストラの質を高めます。2024年シーズンからは、ブルックナー、マーラー、バルトーク、ラフマニノフ、チャイコフスキーら巨匠の作品のほか、ウクライナの作曲家の曲にも取り組みます。聴衆やメディアの注目を集めるでしょう。加えて現代作曲家の印象的な作品を初演します。論理的かつ芸術的なテーマ性を備えたプログラムになります」

 

リーニフの素養とイタリアの音が起こす化学反応が楽しみだが、その行方は日本で指揮する「トスカ」でも聴けるだろう。彼女のトスカは2021年末、英国ロイヤル・オペラ・ハウスでの映像が映画館で公開されたが、激しさと繊細さが高次元でバランスされた音楽だった。今回の「トスカ」は、どう表現しようと考えているのか。

 

「今年7月にボローニャで2回指揮したのが、私のイタリアにおける初の『トスカ』で、聴衆の反応に興味津々でした。解釈がイタリアの伝統と明らかに異なるからです。私はこのオペラのヴェリズモ的な特徴を示したいと同時に、マーラーやR・シュトラウス、ストラヴィンスキーらによる現代音楽への新しい流れに敏感な作曲家として、プッチーニを解釈しています。プッチーニの旋律や情熱に加え、細部まで手の込んだライトモチーフや、洗練されたオーケストレーションにこだわりたい。同時にオペラの主役、ローマを表現します」

話題は母国ウクライナの状況にも及んだ (C)Serhiy Horobets
話題は母国ウクライナの状況にも及んだ (C)Serhiy Horobets

それぞれの登場人物を生きてみる

4月にボローニャで、リーニフ指揮のヴェルディ「シチリアの晩鐘」を鑑賞したが、劇的展開が筋道だっていた。意識していることがあるのか。

 

「私はオペラの音楽を解釈する前に、ドラマの筋にしっかりと当たります。劇的展開を音楽で表現するには、登場人物の心理状態の理解が重要だからです。そこで物語全体を自分で生きてみます。『トスカ』第2幕ならトスカとスカルピアの劇的な二重唱で、被害者と加害者双方の感触を同時にシミュレーションします。こうして2人の行動規範を脳内でモデル化し、音楽のなかで発展させる必要があります。仮に私がどちらかに肩入れしたら、その場面で必要な感情は引き出せません。モーツァルトでもヴェルディでもワーグナーでも、その点は変わりません。また、私は作曲家が題材を選択した背景に興味があります。そこに作曲家の感情の結びつきを発見することも、音楽表現を真実に近づけるために欠かせません」

 

母国の置かれた状況を考えると、真摯(しんし)な音楽的取り組みに頭が下がる。

 

「家族はみなウクライナにいて毎週電話していますが、母は先日、10ものロケットが家の上を飛ぶのを見たと話しました。話を終えるたびに両親は目に涙をためます。なにも起こらず、私たちがまた話せる保証がないからです。それでも両親は愛する故郷を離れることができません。私はウクライナ・ユース交響楽団の創始者で、そこに集まる若者たちから、親や兄弟が亡くなった、家が爆破された、という悲しいニュースを常に聞かされます。現在、若手演奏家の家族に資金を提供する活動も支援しています。何人もの若者が未来を見出す手伝いができています」

 

複雑な思いを抱きながらの演奏活動——。しかし、キャリア初期に2回訪れた日本は「クラシック音楽への情熱が他国と比較にならない」のを感じ、「大好き」だと語る。日本での演奏がわれわれの、そして彼女の母国の活力になることを願わずにはいられない。

 

公演情報

ボローニャ歌劇場 日本公演 プッチーニ「トスカ」

香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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