タリス・スコラーズが歌うシスティーナ礼拝堂の秘曲「ミゼレーレ」

昨年、結成50周年を迎えたタリス・スコラーズ (C)Hugo Glendinning
昨年、結成50周年を迎えたタリス・スコラーズ (C)Hugo Glendinning

1973年に英国でオックスフォードの大学生だったピーター・フィリップスが創設した声楽アンサンブル、タリス・スコラーズが5年ぶりに来日する。ルネサンスの作曲家トマス・タリスの名を冠し、ルネサンス音楽、ミサ曲、モテットなどの宗教合唱曲をレパートリーとして数多くの録音、演奏旅行を行い世界最高峰の声で聴衆を魅了してきた。彼らにとって、結成50周年を記念したワールドツアーの一環となる今回の来日公演、なんといっても注目したいのは、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂のために作られ、門外不出の秘曲と言われてきたアレグリの「ミゼレーレ」だ。

今から30年前の春、私はシスティーナ礼拝堂でタリス・スコラーズが「ミゼレーレ」を歌った演奏会に立ち会っている。それは礼拝堂のミケランジェロの壁画を修復するという世紀の文化事業の完成記念演奏会のこと。

システィーナ礼拝堂にあるミケランジェロの壁画はルネサンス最大の遺産といわれ、世界中から「最後の審判」や「天地創造」を観るために多くの観光客が訪れる。その400年にわたる埃と傷みから壁画を復活させるべく、修復作業は1981年に始まり13年の歳月をかけて完成した。この事業に日本テレビが全面的に関わり修復完成の記念演奏会を企画したことから、当時番組ディレクターだった私は演奏会をイタリア国営放送RAIで生中継し、日本でも修復映像と合わせた特別番組を制作した。

94年4月9日、この歴史的な演奏会に出演するのはタリス・スコラーズと日本からハープの吉野直子。システィーナ礼拝堂に楽器が入ったことも無ければ、宗教を超えたこのような演奏会そのものが前代未聞と言われ、枢機卿や各国のヴァチカン大使らVIP300名が列席、色鮮やかなミケランジェロの壁画に見守られる中、タリス・スコラーズが歌うパレストリーナの「サルべ・レジーナ」が始まった。礼拝堂ならではの経験したことのない音の深淵に圧倒される。ルネサンスの声楽曲に続いて、レスピーギ、スカルラッティのハープ独奏、そして演奏会の終盤、システィーナ礼拝堂のために書かれた「ミゼレーレ」で感動は最高潮に達した。祭壇正面の「最後の審判」の前に6名、側壁にある石造りのバルコニーに4名のメンバーが分かれて歌うその声は、ミケランジェロの壁画と見事に融け合い、400年の時を超えて今も変わらぬ音楽、人々が継承してきた宝にふさわしい煌めきに満ちていた。

「ミゼレーレ」の有名な逸話、14歳のモーツァルトが演奏旅行の合間に礼拝堂でこの曲を聴き、宿に戻って楽譜に書き写してしまったという、彼が見聴きしたであろう響きや景色が、タリス・スコラーズが歌うこの空間にも確かに存在していた。

古楽専門の合唱団として、世界各地の宗教施設における演奏も数多い (C)Rodrigo Pérez
古楽専門の合唱団として、世界各地の宗教施設における演奏も数多い (C)Rodrigo Pérez

あの夢のような体験から30年、今再びタリス・スコラーズの「ミゼレーレ」が蘇る。その歌声は私たちを時空の彼方(かなた)に解き放ち、その歌詞のように痛みを希望に変えてくれるかもしない。

今回のツアーは6月30日の滋賀を皮切りに、福岡、新潟、東京、川崎と全国5か所で2つのプログラムが用意されている。〈合唱団結成50周年プログラム〉(新潟、川崎)ではギボンズ、パーセル、A・ペルトなどルネサンスから現代に至るフィリップスの愛する作品が並び、〈システィーナ礼拝堂からのひらめき〉(滋賀、福岡、東京)では500年以上歌い継がれてきたルネサンス音楽の傑作が揃う。いずれのプログラムでもアレグリの「ミゼレーレ」は歌われる。

また東京オペラシティの公演は、18歳以下(小学1年生以上)の子供たちに無料招待の席も用意されている。世界最高峰のルネサンス音楽の響きを実際に体感できる貴重な機会となるだろう。

(古野千秋)

公演データ

タリス・スコラーズ 日本公演

6月30日(日) 14:00開演
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

7月1日(月) 19:00開演
アクロス福岡 福岡シンフォニーホール

7月3日(水) 19:00開演
新潟市民芸術文化会館 りゅーとぴあ

7月5日(金) 19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール

7月6日(土) 15:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール

◎合唱団結成50周年プログラム(新潟、川崎)

ギボンズ:手を打ち鳴らせ
トムキンズ:神よ、高ぶるものが逆らって立ち
アレグリ:神よ、われを憐れみたまえ(ミゼレーレ)
パーセル:神よ、われを憐れみたまえ(9声のミゼレーレ)
A・ペルト:息子はどこへ、ほか

◎システィーナ礼拝堂からのひらめき(滋賀、福岡、東京)

パレストリーナ:ミサ曲「主よ、われ御身に依り頼みたり」キリエ
モラレス:天の女王、喜びませ(レジーナ・チエリ)
アレグリ:神よ、われを憐れみたまえ(ミゼレーレ)
ジョスカン・デ・プレ:自然の摂理に逆らって
パレストリーナ:ミサ曲集第3巻 ミサ・プレヴィス、アニュス・デイ、ほか

【18歳以下(小学1年生以上)無料招待 募集案内】
・対象公演:7月5日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
https://tempoprimo.co.jp/archives/10341

Picture of 古野 千秋
古野 千秋

ふるの・ちあき

日本テレビで音楽・バラエティ番組を制作「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」「笑ってコラえて!」「深夜の音楽会」などのチーフ・プロデューサーを務めた。第14回ショパンコンクールを描いた「ショパン二つの愛の物語」で2001年ギャラクシー奨励賞受賞、02年読売日本交響楽団のワーグナー「パルジファル」を映像演出、地上波、BS日テレで全幕放送。23年新国立劇場の「ラ・ボエーム」でも生配信の映像演出を手がけた。

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