英米を代表するオペラハウスによる日本公演

英国ロイヤル・オペラの「トゥーランドット」はアンドレイ・セルバンが手掛ける壮麗な舞台も観どころのひとつ (C)Tristram Kenton / ROH

6月、日本において英国と米国の名門オペラハウスによる競演が実現する。ひとつはコヴェントガーデン王立歌劇場の名前で呼ばれることもある英国ロイヤル・オペラの引っ越し公演。音楽監督アントニオ・パッパーノの指揮で「リゴレット」(ヴェルディ)、「トゥーランドット」(プッチーニ)を上演する。もうひとつはニューヨーク・メトロポリタン歌劇場管弦楽団。こちらはオケだけの来日だが、音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンのタクトで、エリーナ・ガランチャらを起用しバルトークの「青ひげ公の城」を演奏会形式で上演するなど多彩なプログラムが予定されている。両公演の魅力について紹介したい。(宮嶋 極)

【英国ロイヤル・オペラ 日本公演】

英国ロイヤル・オペラ(ROH)にとって今回の日本公演は今期(23/24シーズン)で音楽監督を退任するパッパーノとの23年にわたる共同作業の集大成と位置付けられる貴重なツアーとなる。前任のベルナルト・ハイティンクからバトンを受け継いだパッパーノはレパートリーを拡充し、演出と音楽の連携をより密接なものにして、21世紀に相応しいオペラ上演を実現させ、一時代を築いたと評価されている。

2002年から務めた音楽監督を今シーズンで退任するアントニオ・パッパーノ 
2002年から務めた音楽監督を今シーズンで退任するアントニオ・パッパーノ 

そんなパッパーノが日本公演の演目に選んだのがヴェルディの「リゴレット」とプッチーニの「トゥーランドット」である。「リゴレット」は2017年にROH芸術監督に就任したオリヴァー・ミアーズが同劇場で初めて演出を手掛けたプロダクション。基本的には台本に沿ったオーソドックスな作りとなっているが、マントヴァ公爵を単なる女好きの貴族というだけでなく、美術品と女性の目利きの収集家という設定に置き換えているところが面白い。主催の日本舞台芸術振興会のホームページには「一部、暴力的および性的と受け取られる表現が含まれている…」との注意書きが記されている。これからも分かるように演劇的なリアリティをとことん追求したステージとなっている。

「リゴレット」より道化師リゴレット(左)とマントヴァ公爵 (C)Helen Murray / ROH
「リゴレット」より道化師リゴレット(左)とマントヴァ公爵 (C)Helen Murray / ROH

題名役のエティエンヌ・デュピュイはカナダ出身のバリトンでジャズピアノから音楽の道に入った経歴の持ち主。現在はヴェルディのバリトン各役を得意とし、METに加えてウィーン国立歌劇場など世界のひのき舞台で活躍を続けている。マントヴァ公爵は驚異のテナーの異名を持ちイタリア・デビューが同役だったメキシコ出身のハヴィエル・カマレナ。ジルダはこの役で世界の名門オペラを席けんする米国のソプラノ、ネイディーン・シエラといった実力派歌手の出演が予定されている。

エティエンヌ・デュピュイ
マントヴァ公爵ハヴィエル・カマレナ
ジルダ役で名高いネイディーン・シエラ

リゴレット役のエティエンヌ・デュピュイ、マントヴァ公爵ハヴィエル・カマレナ、ジルダ役で名高いネイディーン・シエラ

もうひとつの演目、「トゥーランドット」は1984年にプレミエされたアンドレイ・セルバン演出による同劇場を代表する人気プロダクションの再演。86年の日本公演でもお披露目され、絶妙な照明効果による美しい舞台が注目を集めた。40年間に何度も手直しが行われて今回日本ではブラッシュアップされた最新の姿を観ることができる。キャストは強く張りのある声に定評のあるソンドラ・ラドヴァノフスキー(トゥーランドット)とブライアン・ジェイド(カラフ)の米国出身の主役2人を中心にこちらも同劇場を日々支える実力派歌手たちが配されている。
パッパーノ時代の締めくくりとなるツアーだけに気合いの入った充実のステージが期待される。

トゥーランドット役ソンドラ・ラドヴァノフスキー
カラフを歌うブライアン・ジェイド

トゥーランドット役ソンドラ・ラドヴァノフスキー、カラフを歌うブライアン・ジェイド

【メトロポリタン歌劇場管弦楽団 日本公演】

メトロポリタン歌劇場(MET)は言わずと知れた米国を代表する歌劇場であり、世界トップクラスのオペラ・カンパニーとして常に注目を集めている。この座付き楽団であるMETオケは劇場と同じ1883年に設立され、今年で141年の伝統を誇る名門である。
シーズン中は毎日のようにピットに入って演奏しているほか、オーケストラ単体でのコンサートも頻繁に開催している。同様の性格を持つウィーン・フィルと同じく上演が始まると何が起こるか分からないオペラ公演を数多くこなしていることで、柔軟性に富んだ豊かな表現力が大きな魅力である。また、競争の激しい米国のメジャー・オケだけにメンバーの技術的水準は高い。今年の東京・春・音楽祭のワーグナー・シリーズで「トリスタンとイゾルデ」を上演した際、指揮者のマレク・ヤノフスキがN響のゲストコンマスにMETオケのコンマスであるベンジャミン・ボウマンを指名したことも記憶に新しい。厳格なヤノフスキがボウマンを指名したことは、コンマスとしての技量の高さを表すものといえよう。もうひとりのコンマス、デイヴィッド・チャンも毎年夏、札幌で開催されるPMFの講師及びオケのコンマスとして何度も来日しており、日本のオケ・ファンにはおなじみの名手である。他のパートにも腕利きプレイヤーが揃っており、高い技術が必要となるBプロのマーラーの5番では多彩な表現力と米国のオケならではのパワフルな演奏を堪能することができそうだ。

メトロポリタン歌劇場の座付きオーケストラとして141年の歴史を誇るMETオケ(C)Chris Lee
メトロポリタン歌劇場の座付きオーケストラとして141年の歴史を誇るMETオケ(C)Chris Lee

また、Aプロはバルトークの「青ひげ公の城」が演奏会形式で上演される。ユディット役をイタリア、ドイツ・オペラの両面で今最も人気を集める実力派エリーナ・ガランチャが歌うのも楽しみである。昨年はワーグナー作品上演の総本山であるバイロイト音楽祭で、新制作の「パルジファル」のクンドリで見事な歌唱と演技を披露しセンセーショナルな成功を収めた。青ひげ公役のクリスチャン・ヴァン・ホーンもMETをはじめウィーン国立歌劇場やパリ・オペラ座など世界中の名門オペラから引っ張りだこの人気バス・バリトン。この2人の共演によって役の心理を深く掘り下げた名唱が繰り広げられるに違いない。

「青ひげ公の城」でユディット役を歌うエリーナ・ガランチャ
青ひげ公役クリスチャン・ヴァン・ホーン

「青ひげ公の城」でユディット役を歌うエリーナ・ガランチャ、青ひげ公役クリスチャン・ヴァン・ホーン (C)Christoph Köstlin/ (C)Simon Pauly

最後にヤニック・ネゼ=セガンについて。2018年にMETの音楽監督に就任して以来、毎年、20タイトルのオペラを150公演以上、指揮を担当しているほか、オケ・コンサートでも高い評価を得ている。最近はウィーン・フィルやベルリン・フィルにも定期的に招へいされており、現代を代表する指揮者のひとりとしての評価を不動のものとしている。オペラで培った深い呼吸感を伴った掘り込みの深い表現が特徴で、オケ・メンバーから熱演を引き出す指揮者としてのヒューマン・スキルにも富んでいる。今回の日本公演でも深みと熱さを兼ね備えた名演を聴かせてくれるに違いない。

METオーケストラを率いるヤニック・ネゼ=セガン (C)Chris Lee
METオーケストラを率いるヤニック・ネゼ=セガン (C)Chris Lee

公演データ

英国ロイヤル・オペラ 日本公演

〇ヴェルディ:歌劇「リゴレット」
6月22日(土)15:00、25日(火)13:00 神奈川県民ホール、28日(金)18:30、30日(日)15:00 NHKホール

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:オリヴァー・ミアーズ
美術:サイモン・ホールズワース
衣装:イローナ・カラス
照明:ファビアナ・ビッチョーリ
ムーブメント・ディレクター:アナ・モリッシー

マントヴァ公爵:ハヴィエル・カマレナ
リゴレット:エティエンヌ・デュピュイ
ジルダ:ネイディーン・シエラ
スパラフチーレアレクサンダー・ケペツィ
マッダレーナ:マリー・スタンリー
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

〇プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」
6月23日(日)15:00、26日(水)18:30、29日(土)15:00、7月2日(火)15:00 東京文化会館

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:アンドレイ・セルバン
美術・衣装:サリー・ジェイコブス
照明:F・ミッチェル・タナ
振付:ケイト・フラット
コレオロジスト:タティアナ・ノヴァエス・コエーリョ

トゥーランドット:ソンドラ・ラドヴァノフスキー
カラフ:ブライアン・ジェイド
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ
ティムール:ジョン・レリエ
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団


METオーケストラ日本公演

〇プログラムA
6月22日(土)15:00 兵庫県立芸術文化センター、25日(火)19:00、27日(木)19:00 サントリーホール

指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
青ひげ公:クリスチャン・ヴァン・ホーン
ユディット:エリーナ・ガランチャ
管弦楽:ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場管弦楽団

ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
ドビュッシー(ラインスドルフ編):歌劇「ペレアスとメリザンド」組曲
バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式 日本語字幕付き)

〇プログラムB
6月23日(日)15:00 兵庫県立芸術文化センター、26日(水)19:00 サントリーホール

指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
ソプラノ:リセット・オロペサ
管弦楽:ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場管弦楽団

モンゴメリー:すべての人のための讃歌(日本初演)
モーツァルト:アリア「私は行きます、でもどこへ」「ベレニーチェに」
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

Picture of 宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

SHARE :