新国立劇場VS東京・春・音楽祭
ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」聴き比べ(下)

コンサート形式で毎回ワーグナーの音楽を深掘りし、ワグネリアンをも唸(うな)らせる東京春祭のワーグナー・シリーズ=2022年「ローエングリン」より (C)Spring Festival in Tokyo / Fumiaki Fujimoto
コンサート形式で毎回ワーグナーの音楽を深掘りし、ワグネリアンをも唸(うな)らせる東京春祭のワーグナー・シリーズ=2022年「ローエングリン」より (C)Spring Festival in Tokyo / Fumiaki Fujimoto

この3月、東京で実現するワーグナーの大作「トリスタンとイゾルデ」の〝競演〟の魅力を紹介する原稿の後編は今年20回目の節目を迎えた東京・春・音楽祭の中心企画のひとつ、東京春祭ワーグナー・シリーズの第15弾として演奏会形式で上演されるマレク・ヤノフスキ指揮、NHK交響楽団らによる「トリスタン…」です。(宮嶋 極)

 

東京・春・音楽祭の「トリスタンとイゾルデ」はワーグナーの舞台作品を毎年1作ずつ演奏会形式で上演する「東京春祭ワーグナー・シリーズ」の第15弾として上演される。毎回、ドイツ音楽を得意とするNHK交響楽団が演奏を担当しバイロイト音楽祭などで活躍する名匠が指揮台に立つ。
今回指揮をするマレク・ヤノフスキは2014年から17年まで「ニーベルングの指環(リング)」を指揮し、ぜい肉をそぎ落とした筋肉質の質実剛健たる演奏で大好評を博してきた。N響とは共演を重ねるにつれて相互理解が深まり、今では深い信頼関係で結ばれている。ヤノフスキは東京春祭の「リング」進行中の16年、17年にはキリル・ペトレンコの後を受けてバイロイトでも「リング」を指揮して大成功を収めるなど、現代を代表するワーグナー指揮者のひとりとしての評価を不動のものにしている。東京春祭ではその後も22年に「ローエングリン」、昨年は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を指揮し高い評価を集めるなど、今や同シリーズの〝顔〟ともいえる存在となっている。

東京春祭における待望の「トリスタン…」で指揮台に立つ名匠ヤノフスキ (C)青柳聡 東京春音楽祭2016
東京春祭における待望の「トリスタン…」で指揮台に立つ名匠ヤノフスキ (C)青柳聡 東京春音楽祭2016

このシリーズの魅力について東京・春・音楽祭の芦田尚子事務局長は「オペラが総合芸術であることは十分承知した上ですが、私たちはワーグナーの音楽作品としての魅力にフォーカスしていこうとの方針でこれまでシリーズとしてやってきました。ヤノフスキさんもこの方針に理解を示され、共感されているからこそ共演を重ねてきたわけです。ヤノフスキさんの理想を実現するためのパートナーがN響であり、出演する歌手たちということになります。合唱の東京オペラシンガーズも〝神々の黄昏〟(17年)で初共演した時にその音楽的水準の高さにヤノフスキさんは驚き、以来共演を続けています。ヤノフスキさんは85歳を迎えたばかりですが、残された時間、彼の理想のもと、音楽の魅力を最大限に引き出し最高の演奏をするため、今、東京で実現し得る最良の布陣によるステージにすべく私たちも動いています」と説明してくれた。

スチュアート・スケルトン (C)Sim Canetty-Clarke/フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ/ビルギッテ・クリステンセン/マルクス・アイヒェ (C)Fumiaki-Fujimotoら、歌手の布陣にも注目

日本のオケの場合、コンサート活動が中心だけに同シリーズではウィーン・フィルの元コンマス、ライナー・キュッヒルらオペラ経験豊富な名手をゲスト・コンマスとして招いてきた。今回は初めてニューヨーク・メトロポリタン歌劇場管弦楽団のコンマス、ベンジャミン・ボウマンが登場する。「ヤノフスキさんはそろそろN響のメンバーがコンマスを務めるべきとのお考えですが、こと〝トリスタン〟に関しては演奏経験のないコンマスでは難しいという判断で、自ら何人かの候補を検討し指名したのがボウマン氏でした。22年にMETでリヒャルト・シュトラウスを指揮した時に共演したそうです。理想実現のために何が必要なのか、マエストロは考えてくださっています」と芦田事務局長。
ボウマンは現在、44歳のヴァイオリニストでメトロポリタン歌劇場音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンの指名で18/19シーズンから同劇場オケのコンマスを務める実力派である。同シリーズでは初めての米国のコンマスだけに新たな魅力を生み出してくれることも期待される。

こうして取材してみると東京春祭、新国立劇場、どちらも甲乙つけがたい魅力あふれる「トリスタン…」になることは間違いなさそうだ。
なお、「トリスタンとイゾルデ」の作品自体の詳細については東京春祭で当初上演予定だった2020年(コロナ禍で中止)に筆者が寄稿した拙稿が同音楽祭のホームページにアップされているので、こちらもぜひご覧ください。

連載《トリスタンとイゾルデ》講座 ~《トリスタンとイゾルデ》をもっと楽しむために vol.1 | 東京・春・音楽祭 (tokyo-harusai.com)

インタビューに応じる「東京・春・音楽祭」芦田尚子事務局長
インタビューに応じる「東京・春・音楽祭」芦田尚子事務局長

公演データ

東京・春・音楽祭 東京春祭ワーグナー・シリーズvol.15

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」(演奏会形式 全3幕字幕付き)
3月27日(水)15:00、30日(土)15:00 東京文化会館大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口 彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン

トリスタン:スチュアート・スケルトン
マルケ王:フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
イゾルデ:ビルギッテ・クリステンセン
クルヴェナール:マルクス・アイヒェ
メロート:甲斐 栄次郎
ブランゲーネ:ルクサンドラ・ドノーセ
牧童:大槻 孝志
舵取り:高橋 洋介
若い水夫の声:金山 京介
合唱:東京オペラシンガーズ
管弦楽:NHK交響楽団
ゲストコンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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