ケンショウ・ワタナベ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 第168回東京オペラシティ定期シリーズ

ワタナベの持ち味を生かし、ゴージャスな音の奔流を引き出す

東京フィルの3月定期は、首席指揮者のアンドレア・バッティストーニがケガ(右肩前方脱臼)の回復遅れで来日できず、急きょ気鋭のケンショウ・ワタナベが代役となった。1987年横浜市生まれ、5歳で渡米し、イェール大学音楽院やカーティス音楽院で学んだ有望株だ。東京フィルとは既に共演の経験があり、アシスタントをしていたフィラデルフィア管弦楽団でも同様のチャンスをつかんでいる。
シェフが周到に組んだカラフルな20世紀作品を中心とする構成に変更はなし。初挑戦の演目にもひるまず、みずからの持ち味で打って出た。

アンドレア・バッティストーニの代役として急遽ケンショウ・ワタナベが指揮台に立った ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
アンドレア・バッティストーニの代役として急遽ケンショウ・ワタナベが指揮台に立った ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

前半はストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」。3管編成の1947年版は作曲者が米国に渡った後、収入を得る経済的理由もあって編んだとされる。後半のヒンデミットも渡米後の人気作で、今回の隠しテーマには、大家のアメリカ移住にまつわる諸相があるのに気付く。

その点、米国育ちのワタナベには一定の親和性があったろう。明るく散乱する健康的な響きの作りはアメリカンな風合いで、速いテンポで威勢良くたたみ込む。「ペトルーシュカ」が内包するロシアの土俗的なにおいは洗い流され、オープンで明晰な音響体が現れる。ホルンの強奏など面白い効果を上げるが、金管がシャープな細身のサウンドは、やや生硬な印象も。不気味な部分のダークな描き上げや第4部の目くるめく変化の深まりが、解釈に奥行きをもたらすだろう。

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」では、明るく散乱する健康的な響きを聴かせた ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」では、明るく散乱する健康的な響きを聴かせた ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

後半はウェーバーつながりで歌劇「オベロン」序曲で幕を開けた後、ラストに生誕130年のヒンデミットによる「ウェーバーの主題による交響的変容」(1943年)を置いた。作曲者自身のアレンジによる吹奏楽版があるほどの、やはり華麗なオーケストラ・ピースだ。
ワタナベのタクトは、ここでもゴージャスな音の奔流を引き出し、豪壮なSF映画のサントラを聴くような趣。ブリリアントなブラスなど東京フィルも健闘した。作品が含む屈折したアイロニーや、第3楽章(アンダンティーノ)の陰りある叙情を掘り下げると、さらに魅力が増しそうだ。

ワタナベのタクトが、ゴージャスな音の奔流を引き出した ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
ワタナベのタクトが、ゴージャスな音の奔流を引き出した ※写真は3月9日(日)オーチャード定期演奏会(同内容)より 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

シェフの代役をつかみ、歯応えあるプロをこなした経験は、長いキャリアで大きく役立ってくるに違いない。
(深瀬満)

公演データ

東京フィルハーモニー交響楽団 第168回東京オペラシティ定期シリーズ

3月12日(水)19:00東京オペラシティ コンサートホール

指揮:ケンショウ・ワタナベ
ピアノ:髙木竜馬
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:近藤 薫

プログラム
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)*
ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

※同プログラムの他日程の公演情報は、下記公式サイトをご参照ください。
第1013回サントリー定期シリーズ | 東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra 公式サイト

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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