ローマの「ロメオとジュリエット」とトリノの「清教徒」

「ロメオとジュリエット」より、ジュリエット(マチャイゼ)とロメオ(グリゴーロ)
「ロメオとジュリエット」より、ジュリエット(マチャイゼ)とロメオ(グリゴーロ) (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell'Opera di Roma

中東情勢の影響で、航空券代が高騰している影響もあるのだろうか。GWのイタリアにはいつにも増して日本人の姿が少なかった。それが芸術の世界での「分断」につながらなければよいのだが。鑑賞した公演はローマ歌劇場のグノー「ロメオとジュリエット」(5月6日)と、トリノのレージョ劇場のベッリーニ「清教徒」(5月8日)。ともに特筆すべき水準だった。

脇園彩のローマ歌劇場デビュー

音楽にかぎらずスポーツなどでもそうだが、いったん歯車が合うと、相乗効果で全体がよくなることがある。ローマの「ロメオとジュリエット」がそうだった。

ロメオ役はヴィットリオ・グリゴーロにとって十八番だ。歌い慣れているし、直情的な若者のキャラクターが合っている。ネイティブ並みのフランス語も活きる。ただ、興が乗るほど自分の世界に没入し、テンポなども自分流に陥るという悪いクセもあるが、この日は違った。指揮のダニエル・オーレンが手綱をしっかり締め、そうするとグリゴーロは映える。

このテノールには格別の甘い響きがあり、音圧の高い声に強弱を自在につけながら、旋律をたっぷりと歌い上げるテクニックがある。そうした特性が、グノーがねらった通りに発揮されると、いかにロメオらしさが輝くのか、あらためて実感させられた。

オーレンは、たとえばベルカント・オペラを指揮すると、情熱が先走って旋律美を壊してしまうことがある。だが、「ロメオとジュリエット」のような、旋律美を含めた叙情性と、劇性や情熱とのバランスが重要な作品では、俄然、音楽づくりが冴えるようだ。手綱を締められたグリゴーロは、導かれた場所も理想的だったのだ。

マチャイゼとグリゴーロの相性の良さも良演につながった
マチャイゼとグリゴーロの相性の良さも良演につながった  (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell'Opera di Roma

ジュリエット役のニーノ・マチャイゼも、現在43歳だが声のやわらかさが維持され、一方で質量は増している。だから、ジュリエットのみずみずしさを 漲(みなぎ)らせながら、第4幕のアリアのような劇的な表現にも十分に耐える。結果としてグリゴーロとの相性もよかった。

また、この舞台は脇園彩のローマ歌劇場へのデビューでもあった。ロメオの小姓ステファノ役で、出演時間は短いが、アリア(シャンソン)が1曲ある。聴くたびに成長が感じられる彼女、声がいっそう滑らかになって不純物がない。そこに細やかなさじ加減で微妙なニュアンスを加えられるのは、テクニックがあればこそ。歌うのはキャピュレ家を揶揄する内容だが、凛とした旋律に、嫌みになりすぎず、相手を蔑むニュアンスがわずかに漂うという、絶妙な表現を聴かせた。拍手も主役2人の次に多かった。

ルーカ・デ・フスコの演出は、取り立てて特徴はないが、音楽の邪魔をしなかった点は評価できる。

中央はジュリエット
中央はジュリエット (C) Fabrizio Sansoni-teatro dell'Opera di Roma

冴えた指揮のランツィロッタ

トリノの「清教徒」は指揮のフランチェスコ・ランツィッロッタが冴えた。オーケストラはすべての音が明晰で、いわば粒立って聴こえる。すべての楽器に、場面の状況に応じたニュアンスを細かく要求し、その際、楽器ごとの音量バランス等にも徹底的にこだわっているのだろう。テンポもメリハリが効きつつ、緩急のあいだを極めて柔軟に行き来する。

ベッリーニのオーケストレーションは、この最後のオペラでかなり改善されたとはいえ、さほど複雑ではない。だが、単純であるがゆえに、制御されると複雑で重厚なオーケストレーション以上の効果を生む、という逆説が生じる。まさにそういう演奏で、ベッリーニらしい長い旋律の魅力を放ちつつ、劇的な充実度が高かった。

エルヴィーラ(ヒューメ)とアルトゥーロ(オズボーン)
エルヴィーラ(ヒューメ)とアルトゥーロ(オズボーン) (C) Mattia Gaido-Teatro Regio Torino

エルヴィーラ役のジルダ・ヒューメは、透明感が高い声をたしかな支えで細やかにコントロールし、長い旋律に生命を吹き込んだ。第2幕のいわゆる「狂乱のアリア」では、それゆえ切迫した感情に涙を誘われた。

異常なほどの高音が頻発する難役のアルトゥーロはジョン・オズボーン。色彩感がある声で長い旋律にニュアンスを加えつつ、たっぷりと歌い上げた。そこには本物のテクニックが聴きとれた。超高音は第1幕のCis、第2幕のDがともに輝かしい。第3幕のアリアに記譜されたFはどうするか。胸声ではなく頭声でもなく、両者をミックスさせた、いわゆる「ファルセットーネ」を響かせた。初演で歌ったジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニも、こういう声で歌ったのではないか。その意味でも価値ある歌唱だった。

リッカルド(デル・サヴィオ、左)とジョルジョ(ウリヴィエーリ)
リッカルド(デル・サヴィオ、左)とジョルジョ(ウリヴィエーリ) (C) Mattia Gaido-Teatro Regio Torino

リッカルド役のシモーネ・デル・サヴィオは気品がある輝かしいバリトンで、また聴きたいと思わされた。ジョルジョ役のニコラ・ウリヴィエーリも様式を押さえた安定した歌唱だった。

批判校訂版の楽譜が使われた効果も大きかった。慣用版と異なり、シェーナと一体になったアリアやソロと重唱の複雑なからみ合いなど、ベッリーニの先進性が伝わり、ランツィロッタと歌手陣の力で、そこに美しい刺激が加わった。ピエール=エマニュエル・ルソーの演出も、視覚と音楽美のバランスがとれていた。

精神に異常を来したエルヴィーラ (C)Mattia Gaido-Teatro Regio Torino
Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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