日本初演が2曲も含まれるヴァイグレ&読響の意欲的なプログラムによる定期演奏会
交響曲がなく、4曲のうち日本初演作品が2曲も含まれる、定期演奏会ならではの意欲的なプログラム。その2曲が20世紀ドイツの作品というのも、同国のアイスラーやプフィッツナーの日本初演で好評を博してきた常任指揮者ヴァイグレならではの選曲である。
日本初演の「怒り狂う女」(1999)の作曲者ジークフリート・マトゥス(1934〜2021)は、共産主義体制下の東ドイツ(ドイツ民主共和国)で長く活動し、再統一後のドイツでも高く評価されたという、ヴァイグレ自身の人生にも重なるような経歴を持っている。
原題「Furien-Furioso」のFurienとは、ローマ神話の復讐の女神フリアエのこと。人間が持つ意地悪な、制御不能の暗い一面を、激情的に音楽化したもの。匿名の狡猾な悪意と罵倒が渦巻く、現代のSNSの状況を預言したようにも感じられる。コンサートマスター林悠介のソロが金切り声をあげ、苛立つようにラチェットとフレクサトーンが響き、ティンパニの一撃で終わる(この日の4曲はすべて、ティンパニが最後に響いて終わった)。
続くショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番も、同様の苛立ちを共有している。これがソ連の「雪どけ」時代、圧政が少し緩んだ時代に生まれたものであることと、「怒り狂う女」が再統一後のドイツで書かれたものであることの共通性を思う。独奏のダニエル・ミュラー=ショットの渋みのある音色としなやかな響きが、作曲者の焦燥を見事に音にした。ソロ・アンコールでの、バッハの無伴奏組曲第3番からのジーグが伸びやかに、緊張をほぐすようにして前半を終わらせた。
第一次世界大戦に出征、28歳で戦死したルディ・シュテファン(1887〜1915)は、近年再評価が進んでいる。日本初演の「交響的楽章」(1910)は、後期ロマン派風の大管弦楽(オルガンも加わる)を用い、コルンゴルトやシュレーカーとの同時代性を感じさせる、夢幻的な音楽。2年後の「管弦楽のための音楽」ほどには知られていないが、オーケストレーションは豊麗で、シュテファンの恵まれた才能と、早すぎた死を惜しませる。聴衆の集中力を保ち、クライマックスを築いたヴァイグレの統率力も素晴らしい。来年3月に読響と演奏予定のシュテファンの歌劇「最初の人類」の日本初演が、ますます楽しみになった。
字数が尽きたので、最後のR.シュトラウスの交響詩「死と変容」については簡潔に。ドラマティックで壮大に盛りあがる、一晩のコーダにふさわしい演奏だった。
(山崎 浩太郎)
公演データ
読売日本交響楽団 第660回定期演奏会
7月14日(火)19:00 サントリーホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ:ダニエル・ミュラー=ショット
管弦楽:読売日本交響楽団コンサートマスター:林 悠介
プログラム
マトゥス:怒り狂う女[日本初演]
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番変ホ長調Op. 107
ルディ・ シュテファン:交響的楽章(1910年)[日本初演]
リヒャルト・ シュトラウス:交響詩「死と変容」Op. 24
アンコール
J.・S.・バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より ジーグ(ソリスト)
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










