辻󠄀井伸行×三浦文彰 ARKフィルハーモニック 究極のベートーヴェン

ベートーヴェンの2つの協奏曲で三浦、辻󠄀井、ARKフィルの魅力が発揮

毎年秋にアークヒルズで開催されるサントリーホールARKクラシックス。その中心的な役割を担う辻󠄀井伸行と三浦文彰、ARKフィルハーモニックが一足早い8月に全国5カ所でコンサートを開催。その2日目、すみだトリフォニーホールで行われた東京公演を聴いた。ちなみにARKフィル(2024年にARKシンフォニエッタから改称)は、同音楽祭の専属で全国の著名オーケストラのメンバーや国際コンクールの入賞者からなる。

ARKフィルハーモニック(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)
ARKフィルハーモニック(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)

前半のヴァイオリン協奏曲のコンサートマスターは松浦奈々。三浦の弾き振りなのでオーケストラとソリストの構図ではなく室内楽的。古典派以前の協奏曲は室内楽のジャンルだったという学説があるがそれも頷けよう。三浦のアインザッツ(弾き出しの合図)によるオーケストラ提示部の弦は、柔らかなサウンドとフレーズでこの上なく優美。そこから三浦のソロ。明るく艶やかなヴァイオリン、端正な表現と優美なフレージングに、かつて三浦が学んだウィーンの音楽のスタイルが想起される。オーケストラの弦楽器のセクションも同様で、トゥッティで奏でられる主題のふくよかなサウンドが快く、アンサンブルの精度も高い。三浦はソロの時には客席の方を向くので、オーケストラとのアンサンブルは耳と気配に頼るほかない。そのためか、総じてテンポはゆったりとしているが、間合いも、音量のバランスも絶妙。後続楽章も然り。第2楽章は三浦のうっすらと光沢を帯びたヴァイオリンと木管との対話が印象的。終楽章も決して弾き飛ばさない。穏やかなテンポで、カデンツァ(クライスラー作)も含めたソロ、オーケストラともに、一つ一つの場面が実に印象深く奏でられ、とても聴き応えがある。

プログラム後半は三浦文彰が指揮棒を持って登場(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)
プログラム後半は三浦文彰が指揮棒を持って登場(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)

後半はコンサートマスターが髙橋和貴に代わり、三浦はヴァイオリンを指揮棒に持ち替えて登場。「皇帝」第1楽章冒頭、オーケストラの和音の雑味のないサウンドに同フィルの実力が発揮。ソリストの辻󠄀井は冒頭から気合満々、楽章を通して高いテンションを維持したまま、情熱的な演奏を繰り広げる。軽やかで硬質、煌々(こうこう)とした光を放つ高音は辻󠄀井のピアノの大きな魅力だ。三浦は大局的な視点を感じさせる落ち着いた指揮ぶりで、ソロを好サポート。同時にオーケストラにアーティキュレーション、フレージング、強弱などのあらゆる表現に充分なメリハリを与えていく。第2楽章ではやはりソロとオーケストラのやり取りが聴き所。終楽章ロンドは軽やかなリズムの愉悦に満ちたオーケストラとともに辻󠄀井が華麗な名人芸を繰り広げる。

情熱的な演奏を繰り広げた辻󠄀井伸行(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)
情熱的な演奏を繰り広げた辻󠄀井伸行(2024年8月4日すみだトリフォニーホール 撮影=ヒダキトモコ)

端正でエレガントな三浦、純度の高い音色と情熱の辻󠄀井、ヴァイオリン10型編成とは思えない豊かな量感の弦と実力者揃いの管からなるARKオーケストラの魅力が大いに発揮されたコンサートだった。(那須田務)

公演データ

辻󠄀井伸行×三浦文彰 ARKフィルハーモニック 究極のベートーヴェン

8月4日(日)14:00すみだトリフォニーホール

指揮・ヴァイオリン:三浦文彰
ピアノ:辻󠄀井伸行
管弦楽:ARKフィルハーモニック

プログラム
ベートーヴェン :
ヴァイオリン協奏曲 二長調Op.61
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調Op.73「皇帝」

アンコール
ベートーヴェン :ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」第2楽章 

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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