英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演 
ジャコモ・プッチーニ「トゥーランドット」

絢爛たる音楽のタペストリーのなかで圧巻の声の饗宴

前日、リゴレットで「ブンチャッチャ」というヴェルディのシンプルな伴奏に、驚くほど深く鋭い感情を浸透させた指揮のアントニオ・パッパーノ。この日は、20世紀の第1四半世紀ならではの現代的要素が濃密に反映された「トゥーランドット」で、細部まで鮮やかに織り上げられた絢爛たる音楽のタペストリーを構築した。

アンドレイ・セルバン演出「トゥーランドット」(C)Kiyonori Hasegawa
アンドレイ・セルバン演出「トゥーランドット」(C)Kiyonori Hasegawa

遅めのテンポで始まったが、そのなかで多彩な音が交錯し、特徴的な和音が強調され、力強い合唱が織り込まれる。ダイナミズムと、初期フランドル派の絵画のような細密さが同居しているのである。アンドレイ・セルバンの演出は、初演から40年を経ているが、舞台後方の3階建ての回廊が前面の広場を見下ろす設計で、回廊に人民としての合唱が陣取り、広場でドラマが進む。

 

前日もそうだったが、聴覚と視覚それぞれからの情報に齟齬がないのがいい。人々が月の出を求め、音楽が夢想的な調べに転じると、舞台も月光の色合いに転じ、月が下りてくる、というように、視覚情報が徹底して音楽を支える。

 

ブライアン・ジェイドのカラフは期待通りで、冒頭から芯がある輝かしい声を聴かせた。往年のフランコ・コレッリを思わせる質量と粘り気がある声で、それを旋律に充満させ、しっかり伸ばす。カラフはこういう声で聴きたい。リューのマサバネ・セシリア・ラングワナシャは叙情性を湛えつつも骨太で、ピアニッシモが精緻だとなおいいが、ジェイドのカラフとのバランスがとれている。

ブライアン・ジェイドのカラフは冒頭から輝かしい声を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa
ブライアン・ジェイドのカラフは冒頭から輝かしい声を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa

トゥーランドット姫は、予定されたソンドラ・ラドヴァノフスキーが病気で来日できず、ロイヤル・オペラで2026年に同役を歌うマイダ・フンデリングだった。巨声と微細な表現を併せ持つラドヴァノフスキーのキャンセルは残念だが、フンデリングの圧倒的な声力は魅力的だった。それでいて、若い女性らしさも表現できる。

 

また、彼女の声力はジェイドとの相性もよく、第2幕のアリアの最後でカラフとユニゾンで響かせるハイCや、謎解きの場面での2人の掛け合いでは興奮させられた。むろん、ジェイドの「誰も寝てはならぬ」は余裕をもって歌われ、最後の「Vincero!(私は勝つ!)」ではハイHがたっぷり伸ばされた。アルファーノが補作した部分での2人の二重唱は、文字通り声の饗宴だった。

マイダ・フンデリングの声力はジェイドとの相性がよく、素晴らしい二重唱を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa
マイダ・フンデリングの声力はジェイドとの相性がよく、素晴らしい二重唱を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa

しかし、ダイナミックで精密なパッパーノの聴かせどころは、その前にあった。リューの死の場面は、痛ましすぎて美しく、美しすぎて痛ましかった。そこで感情を強く揺さぶられたことを含め、立体的かつ立体の凹凸が華麗に作り込まれた、上等な「トゥーランドット」だった。

(香原斗志)

※取材は6月23日(日)の公演

公演データ

英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演
ジャコモ・プッチーニ「トゥーランドット」

6月23日(日)15:00、26日(水)18:30、29日(土)15:00、7月2日(火)15:00東京文化会館

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:アンドレイ・セルバン
トゥーランドット姫:マイダ・フンデリング
カラフ:ブライアン・ジェイド
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ
ティムール:ジョン・レリエ
ロイヤル・オペラ合唱団
ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
NHK東京児童合唱団

その他の出演者等、データの詳細は公式ホームページをご参照ください。
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/roh/turandot.html

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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