プラシド・ドミンゴ プレミアムコンサート

83歳の驚異の熱唱に28歳の成熟した名唱が重なって

第一声、「Nemico della patria?(祖国の敵か?)」から鳥肌が立った。「アンドレア・シェニエ」の著名なアリア。ドミンゴにしか出せないオーラをまとった甘い声で、そこから軽やかに歌い進め、エレガントなフレージングを聴かせた。

ただならぬオーラをまとったプラシド・ドミンゴ。鳥肌が立つような甘い声は健在©大窪道治

現在、83歳のドミンゴ。この年齢で声が出る歌手はいないこともないが、たいていは息が続かない。ところが、ドミンゴは息が途切れず、それどころか音程も正確に、若い歌手と変わらない水準で長いフレーズを形成し、50年以上におよぶキャリアを重ねて得られた味わいと深みを加える。「マクベス」の〝裏切り者め! 憐れみ、誉れ、愛〟では、フレージングがさらに力強く、洗練度を増した。

 

ローマで開催され、一世を風靡した「世界三大テノール」のコンサートから34年。あの時、すでに功成り名を遂げていたドミンゴが、いまなお聴き手を震撼させる歌を聴かせる。その事実の前に言葉を失う。

 

この日はサプライズがもう一つあった。キューバ系アメリカ人のソプラノ、モニカ・コネサに驚かされた。26歳にしてヴェローナ野外劇場で「アイーダ」の表題役を歌い、話題になった彼女は、今年28歳。すでに磨かれた強い声をもち、制御された弱音から強音へとなめらかに上昇させ、輝かせる。マリア・カラスの若いころを髣髴とさせる声と発声で、「トスカ」の〝歌に生き、愛に生き〟も、「蝶々夫人」の〝ある晴れた日に〟も、美しいフレージングに色彩が添えられ、強い感情がにじむ。今後、世界的に注目されるに違いなく、それをいち早く聴けたうれしさも重なった。

モニカ・コネサの歌声はマリア・カラスの若いころを髣髴とさせた©大窪道治
モニカ・コネサの歌声はマリア・カラスの若いころを髣髴とさせた©大窪道治

こうした2人だから、「イル・トロヴァトーレ」第4幕の二重唱は、祖父と孫ほど年齢が離れているのに、音程の整った伸びやかで柔軟なフレーズが重なり合い、同年輩の若い男女の重唱のように聴こえてしまうから、また驚かされる。

 

第2部はサルスエラで、ドミンゴが持ち前のリズム感を発揮して情熱的に歌えば、コネサもラテン系のリズムの取り方がすばらしい。重唱も息がピタリと重なる。それはアンコールで歌われた「メリー・ウィドウ」の「唇は黙しても」や「ベサメ・ムーチョ」においても同様だった。

祖父と孫ほど年齢が離れている二人の息がぴったりと重なった重唱は圧巻©大窪道治
祖父と孫ほど年齢が離れている二人の息がぴったりと重なった重唱は圧巻©大窪道治

スタンディング・オベーションで喝采を送った満席の聴衆にとっても、驚き圧倒された2時間余りであったろう。ドミンゴの最後のコンサートのように書かれていたが、まだ何年も歌えるのではないか。83歳でそう思わせるだけでも驚異のコンサートだった。

(香原斗志)

公演データ

プラシド・ドミンゴ プレミアムコンサート

2024年5月12日(日)15:00東京文化会館 大ホール

プラシド・ドミンゴ
ソプラノ:モニカ・コネサ
指揮:マルコ・ボエーミ
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団


プログラム

第1部
ヴェルディ:歌劇「シチリアの晩鐘」より序曲
ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」より〝祖国の敵〟(ドミンゴ)
プッチーニ:歌劇「トスカ」より〝歌に生き、愛に生き〟(コネサ)
ヴェルディ:歌劇「マクベス」より 〝裏切り者め!憐み、誉れ、愛〟(ドミンゴ)
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」より〝ある晴れた日に〟(コネサ)
プッチーニ:歌劇「マノンレスコー」より間奏曲
ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」より二重唱〝よいか?~私の願いを聞いてください〟(ドミンゴ&コネサ)

第2部
ヒメネス:サルスエラ「ルイス・アロンソの結婚」より間奏曲
ソウトゥーリョ/ベルト:サルスエラ「ソル・デル・パラルの女」より〝幸せな時はもはや〟(ドミンゴ)
モレノ=トローバ:サルスエラ「マルチェーナの女」より〝ペテネラ〟(コネサ)
ゲレーロ:サルスエラ「ロス・ガビラネス」より〝私の村〟(ドミンゴ)
ソウトゥーリョ/ベルト:サルスエラ「口づけの伝説」より間奏曲
ペネーリャ:歌劇「山猫」より〝僕は闘牛士になりたいんだ〟(ドミンゴ&コネサ)
バルビエリ:サルスエラ「ラバピエスの理髪師」より〝パロマの歌〟(コネサ)
ソロサーバル:サルスエラ「港の酒場女」より〝そんなことはありえない〟(ドミンゴ)

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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