ペトレンコとロイヤル・フィルが聴かせたお手本のようなチャイコフスキー交響曲第5番
ロンドン5大オーケストラのひとつ、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団による東京公演2日目を聴いた。指揮は音楽監督のヴァシリー・ペトレンコ。
1曲目は19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したロシアの作曲家ニコライ・チェレプニンの交響的前奏曲「遠き王女」。初めて聴く曲であったが、1895年に初演された作品としては異例ともいえる調性音楽であり、その和声も幻想的で美しく聴きやすい小品。チェレプニンはリムスキー=コルサコフに師事したということもあり、少しだけフランスの洗練さを加えたロシア音楽といった雰囲気。ペトレンコはこのオケの持ち味ともいえる高弦の伸びやかなサウンドを自在に操り、作品の旋律美に光を当てるようなアプローチであった。
2曲目は辻󠄀井伸行の独奏でショパンのピアノ協奏曲第1番。辻󠄀井は軽やかなタッチで丁寧に弾き進め、オケが柔らかいサウンドでソロを支えた。ソロとオケの丁々発止のやり取りというよりは穏やかな調和が保たれた演奏であった。東京公演初日の池田卓夫氏の速リポ(ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 ピアノ 辻󠄀井伸行 | CLASSICNAVI)にもあったが、今回の辻󠄀井の演奏、筆者もいつもの彼とは少し違っていたように感じた。
メインはチャイコフスキーの交響曲第5番で、このオーケストラの特質がよりはっきりと伝わってくる演奏であった。それはペトレンコの解釈に拠るところも大きいのだが、よい意味ですべてが普通だったのである。言い換えれば、斬新な解釈や表現ではなく、譜面を忠実に音にした模範解答のような演奏というのであろうか。金管楽器やティンパニなど特定のパートが突出することはなく、絶妙なバランスを保ちながら全体の響きが構築されていた。テンポは各楽章でいずれも速すぎず、また遅すぎることがなく〝ここはこの速さであるべき〟という速度が維持される。第2楽章冒頭、主旋律が濃厚に表現された演奏ではあまり聴き取れないハーモニーを支える第2ヴァイオリンのグラデーションが聴こえてきて、デリケートな美しさを再発見することができた。第4楽章、コーダに入っても必要以上に激することなく最後まで端正な佇まいを保ちながら全曲を締め括った。オケ全体の演奏姿もドイツのオケのように(最近は東京のオケも同様だが、、、)弓や身体を激しく動かしてバリバリ弾くというよりは、姿勢をあまり崩さずにノーブルに演奏していたのもいかにも英国のオケらしい特徴であろう。
盛大な喝采にペトレンコは客席の方を振り向いて〝まだ聴きたい?〟というようなお茶目な表情を見せた。喝采が大きくなったことに応えてエルガーの「愛のあいさつ」とブラームスのハンガリー舞曲第6番をアンコール。この日唯一の英国作品となった「愛のあいさつ」の温かく優美なサウンドは聴く者の心に染みるものであった。
(宮嶋 極)
公演データ
ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
9月9日(水)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ヴァシリー・ペトレンコ
ピアノ:辻󠄀井伸行
管弦楽:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:ダンカン・リッデル
プログラム
チェレプニン:交響的前奏曲「遠き王女」
ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64
ソリスト・アンコール
ショパン:ノクターン第20番(遺作)
ショパン:ワルツ第14番
オーケストラ・アンコール
エルガー:愛のあいさつ
ブラームス:ハンガリー舞曲第6番
他日公演
9月11日(金)19:00立川ステージガーデン(東京)
9月12日(土)14:00りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール(新潟)
9月13日(日)14:00フェスティバルホール(大阪)
※プログラム等の詳細は、各ホールの公式サイトをご参照ください。
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










