東京二期会オペラ劇場 アルバン・ベルク「ルル」

ルルが自分を取り戻す物語へと導いたグルーバーと中村蓉の手腕、歌手陣の情感こもった歌唱に心打たれたオペラ

〝魔性の女〟はなりたくてなれるものではない。一人の女性が、本人の心とは関係なく、まわりの人間との関係でなってしまうもの、ならされてしまうものである。

カロリーネ・グルーバー演出 アルバン・ベルク「ルル」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
カロリーネ・グルーバー演出 アルバン・ベルク「ルル」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

ルルは魔性の女である。ベルクのオペラ「ルル」では数多くの登場人物を通して、ルルが魔性の女であることが描かれる。しかし、ルルの心はどうなのか? 本心はどうなのか? 本公演のカロリーネ・グルーバーの演出では、ルルとルルの魂とを分けることによって、ルルの本心が可視化された。ルルの魂は、中村蓉によって振付され、中村自身によって舞われる。つまり、ルルが、強くあり、ときには虚勢も張る一方で、ルルの魂は、うつむき、もがき、びくびくし、いらいらし、切望し、葛藤する。ルルはとても繊細で傷つきやすい人間なのである。また、グルーバーは、豊満な裸のマネキン人形を使うことで、男たちの欲望も具現化する。

男たちの欲望の具現化として、豊満な裸のマネキン人形が使われた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
男たちの欲望の具現化として、豊満な裸のマネキン人形が使われた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

オペラ「ルル」は、ベルクが1935年に第3幕の作曲途中で急逝してしまい、未完で残されたため、かつては第2幕までで上演されていたが、近年はフリードリヒ・ツェルハの補筆による3幕版(1979年初演)も上演されている。今回の東京二期会の「ルル」は、2021年にグルーバーの演出で上演された2幕版(ただし2021年は、コロナ禍にあり、ディスタンスなど演出上の制限があった)の再演である。つまり、これまでに慣用的に演奏されてきた、完成された2幕にベルクの遺した第3幕第2場への間奏曲(組曲版の「変奏曲」)と第3幕大詰めの音楽(組曲版の「アダージョ」)をつなげた版が上演された。

ルルの冨平安希子(後方)と、作曲家アルヴァの山本耕平(前方) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
ルルの冨平安希子(後方)と、作曲家アルヴァの山本耕平(前方) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

冨平安希子のルルは、色艶はあっても、どこか清らかで純粋さがあり、歌唱においても抒情的で繊細な美しさが際立った。それは演出の意図に沿うものといえるだろう。ルルは、様々な男性遍歴を経ながら、最終的には、愛人であり夫であったシェーン博士の息子である、兄妹のように親しかった作曲家アルヴァにたどりつく。その第2幕最後のルルとアルヴァの二重唱での山本耕平の情感のこもった歌唱は、ベルクがアルヴァに自己を投影していたに違いないと思わせられるほど感動的で、全体を締め括(くく)るにふさわしいシーンとなった。そしてそれにつながる、「変奏曲」と「アダージョ」で、遂にルルとルルの魂は一つとなり、「私は永遠にあなたのそばにいるわ!」という声が聞こえてくる。楽曲とダンスのシンクロ度も素晴らしく、非常に説得力のあるエンディングであった。「ルル」を未完の大作として扱うのではなく、第2幕とそれに続く管弦楽曲で、ルルが自分を取り戻す物語として完結させたグルーバーと中村蓉の手腕に感銘を受けた。

楽曲と中村蓉のダンスが素晴らしくシンクロしていた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
楽曲と中村蓉のダンスが素晴らしくシンクロしていた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

シェーン博士の大沼徹は博士の複雑な人間性や狂気を演じきった。また、画家の大川信之やシゴルヒの狩野賢一の強靭(きょうじん)な声も印象に残る。

指揮は、今回が日本デビューとなる、オスカー・ヨッケル(1995年、ドイツ生まれ)。この難曲で歌手やオーケストラに適確に指示を出していくだけでなく、東京フィルから作品にふさわしい官能的かつ色彩的な音を引き出した。今後に注目したい逸材。
(山田治生)

公演データ

東京二期会オペラ劇場
アルバン・ベルク「ルル」

4月17日(金)18:00新国立劇場 オペラパレス

指揮:オスカー・ヨッケル
演出:カロリーネ・グルーバー
装置:ロイ・スパーン
衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
照明:喜多村貴
映像:上田大樹
振付:中村 蓉
演出助手:太田麻衣子
舞台監督:村田健輔
公演監督:高田正人
公演監督補:佐々木典子

ルル:冨平安希子
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:川合ひとみ
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:郷家暁子
医事顧問:峰 茂樹
画家:大川信之
シェーン博士:大沼 徹
アルヴァ:山本耕平
シゴルヒ:狩野賢一
猛獣使い、力業師:北川辰彦
公爵、従僕:高柳 圭
劇場支配人:金子 宏
ソロダンサー:中村 蓉

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
アルバン・ベルク:オペラ「ルル」
全2幕 日本語及び英語字幕付原語(ドイツ語)上演

これからの他日公演
4月18日(土)、19(日)14:00新国立劇場 オペラパレス
※他日公演のキャスト等、公演情報の詳細は公式サイトをご参照ください。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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