若きプッチーニの霊感あふれ出る作品の魅力を明らかにした好演
プッチーニ作曲の「マノン・レスコー」は、歌劇第3作にして初めて大成功した、文字どおりの出世作である。
現在では、その後の「ラ・ボエーム」や「蝶々夫人」などの人気に隠れがちだが、プッチーニが自作の指揮者として神のように尊敬した名指揮者アルトゥーロ・トスカニーニのように、後続の歌劇よりも「マノン・レスコー」を特に愛し続けた人もいる。
「東京・春・音楽祭」では、ワーグナーとともにプッチーニの歌劇の演奏会形式上演がシリーズとなっている。その7回目となる今回の「マノン・レスコー」は、歌唱と演奏の素晴らしさに加えて、作品の魅力を明らかにしてくれたという意味でも、とりわけ優れた公演となった。
たしかに後年のプッチーニなら、主役の二人以外の役にも、もっと充実した音楽をつけることができたろうし、オーケストラの書法も、もっとうまく、多彩で重厚に書けたろう。弱点の指摘はたやすい。
しかし、主役の二人につけたメロディのみずみずしさ、霊感があふれ出てくるような流麗な音楽には、以後の作品を上回る、初夏の新緑の美と爽やかな空気がある。
ピエール・ジョルジョ・モランディの指揮は、俊敏軽快だが一瞬の感傷をともなう、まさにこの青春の音楽にふさわしいものだった。後半の劇的な迫力も十分。そしてこの指揮に応じる読売日本交響楽団のうまさ、新国立劇場合唱団の力が、破局へと向かうドラマを盛りたてる。
デ・グリュー役のリッカルド・マッシの声はリリカルで、若々しい張りがある。第3幕のアリア「ご覧ください、狂った僕を」での精一杯の懇願には、息をのませる力があった。
マノン役のイヴォナ・ソボトカはマッシとは対照的に、暗めで厚みのある声質。それだけに明るい色から暗色のドレスに着替えた後半、第3幕と第4幕で本領を発揮し、後者のアリア「ひとり寂しく」の悲劇性は見事だった。譜面台を用いての歌唱だったが、表情と演技は豊かで、他の歌手とのからみにも不自然さを感じさせなかった。
レスコー役のルーチョ・ガッロは、やわらかく力みのない発声が美しく、ベテランらしく主役二人を盛りたてた。湯浅貴斗、大槻孝志、ジョン ハオ、糸賀修平もそれぞれに好演だった。
それにしても思うのは、マノンとデ・グリューのさまざまな二重唱につけた、プッチーニの音楽の圧倒的な素晴らしさである。第2幕で明快に姿を現したそれは、第3幕、そして二人だけの終幕へと、変形を重ねていく。
こんこんと湧き出るその力を聴きながら、功成り名遂げた晩年のプッチーニが「トゥーランドット」の終幕の二重唱の作曲に望んで、どうしても再び得ることができなかったのは、この霊感の泉が若き日に与えてくれた力だったのだろうと、思わずにいられなかった。
「マノン・レスコー」開幕で、人々は歌う。
「若さは 僕らの名前」。
ここにしかない、その名前。
(山崎浩太郎)
公演データ
東京・春・音楽祭2026
東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.7「マノン・レスコー」(演奏会形式)
4月16日(木)18:30東京文化会館 大ホール
指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
マノン・レスコー:イヴォナ・ソボトカ
レスコー:ルーチョ・ガッロ
デ・グリュー:リッカルド・マッシ
ジェロンテ:湯浅貴斗
エドモンド:大槻孝志
旅籠屋の亭主/弓兵:ジョン ハオ
舞踏教師/点灯夫:糸賀修平
音楽家:林 眞暎
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林悠介
プログラム
プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」(全4幕/イタリア語上演・日本語字幕付)
他日公演
4月19日(日)15:00東京文化会館 大ホール
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










