「夢の共演」新星ブランギエ、巨匠プレトニョフwith東京フィルハーモニー交響楽団

ロシアの輪郭とフランスの色彩で聴覚に浮かび上がった視覚的世界

仏ニース生まれのブランギエ。28歳でチューリッヒ・トーンハレ管首席指揮者に就任して脚光を浴びた俊英は、30代最後の年となる2025年、リエージュ・フィルの音楽監督に就任する。そこで予定されているのはフランスとロシアのプログラムが多く、この日もテーマは仏露の邂逅(かいこう)だった。

フランスの俊英、リオネル・ブランギエが指揮台に立った 提供:ジャパン・アーツ
フランスの俊英、リオネル・ブランギエが指揮台に立った 提供:ジャパン・アーツ

2年前には東京交響楽団で聴いたが、今回は東京フィルへのはじめての客演。ウクライナ出身のアレクセイ・ショールが2019年に作曲したピアノと管弦楽のための組曲第2番と、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」という、組曲ばかりのユニークなプログラムで、いずれも元になった視覚的な世界が、聴覚を通して鮮やかに浮かび上がった。

ショールの組曲は8つの童話が、現代音楽らしからぬ素直な美しい旋律で描かれ、共作したプレトニョフのピアノが鮮やかだった。「シンデレラ」は透明感あふれ、「ドン・キホーテ」は陰影のある力強さを表し、「トム・ソーヤ」ではリズミカルに色彩を弾けさせる。そしてブランギエの導きで東京フィルは、冒頭から彩鮮やかである。だが、意外にといってはなんだが、音楽は非常に構築的なのだ。デッサンがたしかな絵画のように、変幻自在な描写は揺るぎない輪郭をともない、だから物語が耳に迫る。

「ピアノと管弦楽のための組曲第2番」を作曲したアレクセイ・ショールがステージに登場(写真中央左からショール、プレトニョフ、ブランギエ) 提供:ジャパン・アーツ
「ピアノと管弦楽のための組曲第2番」を作曲したアレクセイ・ショールがステージに登場(写真中央左からショール、プレトニョフ、ブランギエ) 提供:ジャパン・アーツ

その傾向は「展覧会の絵」でいっそう際立った。第1プロムナードから色彩豊かでありながら輪郭が揺るぎない。1番目の絵「小人(グノーム)」では、うごめくような動きが濃密な音でキレよく表現される。2番目の絵「古城」は陰鬱な響きを通して、古びた城の輪郭さえ浮かび上がる。ムソルグスキーが音で描いたデッサンと、ラヴェルによる色彩と透明感が絶妙にバランスされているから、いずれの絵も耳で色鮮やかに具象化されるのである。

10番目の「キーウの大門」は色彩を輝かせたまま、精度の高いデュナーミクを通じて、細部を美しく描き、壮大な門が目に見えるような広い音の空間を造り上げた。聴覚を超え、五感が刺激された心地よさが残った。

(香原斗志)

絵が耳で色鮮やかに具象化された「展覧会の絵」 提供:ジャパン・アーツ
絵が耳で色鮮やかに具象化された「展覧会の絵」 提供:ジャパン・アーツ

公演データ

「夢の共演」新星ブランギエ、巨匠プレトニョフwith東京フィルハーモニー交響楽団

12月1日(日)19:00東京オペラシティ コンサートホール

指揮:リオネル・ブランギエ
ピアノ:ミハイル・プレトニョフ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
アレクセイ・ショール/ミハイル・プレトニョフ:ピアノと管弦楽のための組曲 第2番
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」

アンコール
アレクセイ・ショール/ミハイル・プレトニョフ:「ピアノと管弦楽のための組曲第2番」より第6曲「ダルタニアン」、第7曲「マチウシI世」、第3曲「トム・ソーヤ」

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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