セバスティアン・ヴァイグレ指揮 読売日本交響楽団 第639回定期演奏会

最上の「カペルマイスターの音づくり」と円熟のピアノで満足度の高い演奏会

後に師弟関係となる第2次ウィーン楽派の作曲家2人、ヴェーベルン1904年の管弦楽処女作とシェーンベルク1902〜03年の交響詩の間に26歳(1782年)の青年モーツァルトのウィーン時代初期の意欲作を置く、かなり凝ったウィーン名曲プログラム。

凝ったウィーン名曲プログラムを披露したセバスティアン・ヴァイグレ ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
凝ったウィーン名曲プログラムを披露したセバスティアン・ヴァイグレ ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

ヴェーベルンは先代常任指揮者のシルヴァン・カンブルランならもっとフランス近代音楽に近い響きで再現するだろうし、かつて同曲を得意としたガリー・ベルティーニ(東京都交響楽団桂冠指揮者)の求める音はもっと尖っていた。ヴァイグレは木肌の温もりを思わせ、いささか懐かしい感触のドイツ的響き——とりわけヴァイオリンとホルン——でたっぷり奏で、要所要所にはっきりとした隈取りを与える。練達のカペルマイスター(オペラの楽長)にふさわしい音楽だった。フルート倉田優、オーボエ荒木奏美、クラリネット中舘壮志、コンサートマスター林悠介ら首席奏者たちのソロも光った。

品格に満たされた大人のモーツァルト演奏

モーツァルトでのヴァイグレは一転、弦を8型(第1ヴァイオリン8人)に絞り、古典的に引き締まった響きを基調としつつタクトを持たず、極めて柔軟な姿勢で同世代のソリスト、ダン・タイ・ソンとの豊かな音楽の〝会話〟を楽しんだ。近年は生徒のブルース・リウを自身の41年後のショパン国際ピアノコンクールで優勝させるなど、名教師の評価を固めつつあるが、演奏家としても「まだまだ現役」どころか、いつまでも新鮮で真摯な音楽を究める求道者の高みに到達していた。冒頭で耳を奪われた美しく厚みのあるタッチは適度の装飾音を伴い、18世紀音楽の軽やかさへの配慮も忘れない。楽曲の進行とともに、ヴィルトゥオーゾ(名手)の全貌が明らかとなる。第2楽章は淡々とした運びが深みを帯び「セピア色のエレガンス」とも形容すべき枯れた味わいで魅了するが、鮮度は保たれている。第3楽章は玉を転がすような流麗さで、若さすら感じさせた。指揮者ともども、近来まれに見る品格に満たされた大人のモーツァルト演奏だった。アンコールのショパン、イ短調の遺作ワルツでは「ショパン弾き」の健在も立証した。

ヴァイグレとダン・タイ・ソンとの豊かな音楽の〝会話〟が繰り広げられたモーツァルト:ピアノ協奏曲第12番 ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
ヴァイグレとダン・タイ・ソンとの豊かな音楽の〝会話〟が繰り広げられたモーツァルト:ピアノ協奏曲第12番 ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

解像度の高い語り部として「ペレアスとメリザンド」の世界観を表出させたヴァイグレ

後半のシェーンベルクは再び16型の大編成に戻り、音づくりの方向性ではヴェーベルンとのシンメトリー(対称系)を思わせた。原作の詩の世界を感覚的に象徴した「夏風の中で」に対し、「ペレアスとメリザンド」はメーテルリンクの原作戯曲に現れる人物、事態をライトモティーフ(示導動機)で明確に描き分け、より「歌のないオペラ」に近い。今年の東京・春・音楽祭の最終公演、「エレクトラ」でも読響と圧倒的な演奏を繰り広げたように、R・シュトラウス歌劇に精通したカペルマイスターのヴァイグレは、シュトラウスが高く評価した「ペレアス…」においても音色と音量の適確な配分を通じ、かなり解像度の高いストーリーテラー(語り部)の役割を果たした。どんな激烈な瞬間も血の通った人間のドラマとして再現され、安手に煽る部分は一切なしにじっくりと、悲劇の昏(くら)い底までオーケストラ、聴き手を導いた。
ここではコンマス林、ヴィオラ鈴木康浩、チェロ富岡廉太郎ら弦の首席に加え、北村貴子のイングリッシュホルンが素晴らしいソロを奏でた。全編にわたって質実剛健の美点を感じさせる演奏で、悲劇に主軸を置いた解釈の視点も理解できたのだが、さらなる欲を言えば「ペレアスとメリザンド」は何と言ってもラヴストーリーなのだから、もうちょっと妖しい色香が漂っても良かった気がする。
(池田卓夫)

公演データ

読売日本交響楽団 第639回定期演奏会

2024年6月14日(金)19:00サントリーホール

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ピアノ:ダン・タイ・ソン
コンサートマスター:林悠介
管弦楽:読売日本交響楽団

プログラム
ヴェーベルン:夏風の中で
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K. 414
シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」 作品5

ソリスト・アンコール
ショパン:ワルツ(遺作)イ短調

 

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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