イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル

深まる陰影から強烈なクライマックスへ――作品25への深い思い入れを感じさせた演奏

2022年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝した2004年生まれの韓国人ピアニスト、イム・ユンチャンのリサイタルを東京オペラシティコンサートホールで聴いた。プログラムのメインはショパンの「エチュード(練習曲集)作品10と25」全24曲。冒頭に置いた「3つの新しいエチュード」ではゆったりと繊細、透明な響きで余韻もたっぷり聴かせるアプローチで、24曲セットに比べ知名度がいくぶん劣る作品を律儀にプレゼンテーションした。作品10ではコンクールの覇者にふさわしい技と表現のスケールだけでなく、つぶやきやメランコリーなど多彩で内面的な表情、絶妙のルバートも確認できたものの、どこかでまだ、完全に乗り切れていない印象を残した。

冒頭の「3つの新しいエチュード」ではゆったりと繊細、透明な響きで余韻もたっぷり聴かせた(C)JUNICHIRO MATSUO
冒頭の「3つの新しいエチュード」ではゆったりと繊細、透明な響きで余韻もたっぷり聴かせた(C)JUNICHIRO MATSUO

後半、作品25が始まって間もなく「もしかしたら、今の彼はこちらの12曲セットにいっそう強く惹(ひ)かれているのではないか?」との思いを抱いた。作品10の終曲(第12番)で爆発したフォルテは一段と輝きや厚みを増し、左手の低音の充実も際立つ。それぞれの曲間はほぼアタッカ(切れ目なし)で進める半面、曲中には大胆なルフトパウゼ(無音の間)を設け、曲想を場面ごとに掘り下げるうちに陰影が深まっていく。とりわけ「蝶々」と呼ばれる第9番から第12番「大洋」にかけての4曲は天翔(かけ)る運び、自由自在のニュアンス、形而上の世界を感じさせる響き、強烈なクライマックスの設定などのドラマトゥルギー(作劇術)が見事に決まり、最後は何か、不思議な生き物がうごめいているような究極のライヴ感覚を味わった。

究極のライヴ感覚を味わわせたイム・ユンチャンの音楽づくりに聴衆が歓喜した(C)JUNICHIRO MATSUO
究極のライヴ感覚を味わわせたイム・ユンチャンの音楽づくりに聴衆が歓喜した(C)JUNICHIRO MATSUO

客席には2022年の日本デビューリサイタルと同じく、韓国から大勢の追いかけファンが現れ、惜しみない拍手と大きな歓声を送り総立ちとなる。日本人とはかなり異なる「推し」の表現だが、自国が生んだ才能にどこまでも熱心に寄り添い、応援する姿勢は掛け値なく素晴らしいと思うし、日韓文化交流の新たな可能性すら秘めている。

(池田卓夫)

公演データ

イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル

2024年2月5日(月)19:00東京オペラシティ コンサートホール

プログラム
ショパン:3つの新しいエチュード、12のエチュードOp.10、同Op.25

アンコール
ベッリーニ:歌劇「ノルマ」より〝清らかな女神〟
ショパン:ノクターン第2番Op.9-2、同第20番遺作(レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ)

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

SHARE :