ジャン=クリストフ・スピノジ指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 すみだクラシックへの扉 第19回

アスリートの美技のようなしやなかで鮮やかな音運び

コルシカ島生まれのジャン=クリストフ・スピノジが登場(11月10日、すみだトリフォニーホール)。私は元来、躍動的なバロックの演奏に好印象を抱いてきた。ロッシーニ「アルジェのイタリア女」序曲はそのイメージで、キレのあるリズム感がたまらない。クレッシェンドも情緒が排され、筋肉質のアスリートの美技のように躍動する。では、時代が下ったヴェルディ「運命の力」序曲はどうくるか。金管による主音が力強く響き、ロッシーニの軽快さと異なる世界が示されたかと思えば、案外そうでもない。たとえば運命の動機は快速で、アルヴァ―ロとカルロの二重唱のテーマはゆったりと奏され、対比が鮮やか。「アルジェ」の快活さと、じつは通じる。

音楽に躍動が生まれるジャン=クリストフ・スピノジの指揮©大窪道治
音楽に躍動が生まれるジャン=クリストフ・スピノジの指揮©大窪道治

そのあたりはワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」で、さらに明らかになる。音楽構造を明瞭に見せる指揮で、うねりも不足なく表現するが、スピノジの指揮に共通するのは、身体の動きに似た音楽の躍動だ。アスリートは身体をしなやかに運び、鮮やかに跳躍して、無駄な動きはしない。スピノジの音楽も同様で、結果としてのしなやかさはロッシーニでもワーグナーでも心地よい。

 

ビゼー「カルメン」組曲は、そうした特徴の博覧会だった。前奏曲から速めで、キレのいいダンスのよう。とりわけジプシーの踊りは、身体的な音楽の面目躍如で、大きなディナーミクはフィギュアスケーターがしなやかな滑りから一気にジャンプを決めるように、無駄のない鮮やかさ。新日本フィルはよくついてきた。

世界が注目する12歳のヴァイオリニストHIMARI©大窪道治
世界が注目する12歳のヴァイオリニストHIMARI©大窪道治

最後に、ヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第1番のソリスト、HIMARIの12歳とは信じがたい水準にも触れておきたい。
(音楽評論家 香原斗志)

 

指揮:ジャン=クリストフ・スピノジ
ヴァイオリン:HIMARI

公演データ

新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 第19回

11月10日(金)、11日(土)両日14:00すみだトリフォニーホール

ロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番 嬰ヘ短調 op.14
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より “前奏曲と愛の死”
ビゼー:カルメン組曲第1番より


※10日のアンコール
ソリストアンコール
バッハ:ソナタ第2番 イ短調 BWV100 第3曲Andante
オーケストラアンコール
ビゼー:歌劇『カルメン』より第1幕への前奏曲

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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