ロッシーニの生地ペーザロで、今年も8月にロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)が開催された。上下2回に分けてレポートする。オペラは例年3演目が上演され、そのうち2つは新演出なのが通例だが、今年は予算の都合で新演出は、1826年にパリ・オペラ座で初演された「コリントスの包囲」のみ。残りは合唱がない全1幕のファルサ(笑劇)、「絹のはしご」と「なりゆき泥棒」の再演だった。このため期待は例年より小さかったが、蓋を開ければ各公演は特筆に値する水準だった。
すべてが好バランスだった「コリントスの包囲」の名演
まずは今年の「主菜」の「コリントスの包囲」。1820年にナポリで初演された「マホメット2世」が、パリでの上演用に改作されたフランス語の作品で、15世紀半ば、オスマン帝国軍に包囲されたギリシャのコリントスが舞台だ。
若い将校ネオクレスが主導して徹底抗戦が決まる。総督クレオメーヌは娘パミラをネオクレスと結婚させたいが、パミラはかつて出会った男性が忘れられない。そこに攻め込んできたマオメ(マホメット)2世こそ、その男性だった。パミラはマオメから、自分になびけばコリントスを救うといわれるが、愛と祖国の間で揺れた末にマオメを拒絶。ネオクレスとの結婚を決めるが、コリントスはオスマンの猛攻を受ける。パミラは誇りを守って自死し、コリントスは全滅する。
演出のダヴィデ・リヴェルモーレは、古代の理想郷コリントスと、環境を破壊する現代人との対立に読み替え、美術館もしくは修復中の遺跡で、古代の衣裳に身を包んだ人たちと現代人が争い、理想美とその汚辱や破壊が表された映像を交えつつ展開した。ドラマティックな音楽との相性もよく、グラントペラの先駆けにふさわしい華やかさにも不足せず、筆者の周囲にはイタリア人を含め好意的な声が多かった。
ボローニャ歌劇場管弦楽団を指揮したカルロ・リッツィも、作品のスケールを感じさせつつアーティキュレーションは細やかで、ロッシーニらしい爽やかさにも不足ない。歌手も揃っていた。
パミラ役のヴァシリーサ・ベルジャンスカヤ(ソプラノ)は、芯が通った豊かな声を、圧倒的なフォルテから極上のピアニッシモまで自在に行き来しながら軽やかに転がし、ニュアンスも豊か。独特な声のやわらかさゆえにフランスものとの相性もいい。32歳にして世界中で頭角を現すのも当然と思えた。インタビューでは「この役は出ずっぱりで歌い、技術的にも難しい。指揮者や演出家と密に連携して解釈をつくる必要もあり、明確なビジョンが共有されなければ満足のいく結果は得られません。そのうえフランス語は外国人には難しい」と語った。だからしっかり準備し、発音の習得にも時間をかけたという。
パミラを愛するネオクレス役はマキシム・ミロノフ(テノール)。力強く歌いながら、持ち前のやわらかい声によるエレガンスは失われず、細部まで徹底して作り込まれていた。クレオメーヌ役のマッテオ・ローマ(テノール)は、2019年に当地のアカデミアを修了した若手で、力強い声を横溢させつつフレージングが秀逸。マオメ2世役のアドリアン・サンペトレアン(バス・バリトン)もスタイルを踏まえた巧みな歌い回しだった。合唱の力強さも加わり、ここまで記したすべてがバランスよく絡み合い、忘れがたい名演になった。
名演出の再演で珠玉の舞台となった「絹のはしご」と「なりゆき泥棒」
「絹のはしご」はヒロインのジューリアが後見人に隠れ、密かに結婚している夫と逢瀬を重ねる物語で、最後にバレるが円満に終わる。2009年にダミアーノ・ミキエレット演出で制作された舞台だが、改めて感心した。現代のマンションに置き換えられ、それが鏡を使って立体的に見せられ、人の動きはスピーディで洒脱。そのスピード感がイヴァン・ロペス=レイノソの切れ味がいい指揮と合っていた。若干ニュアンスに欠けても、真っすぐな音楽はモダンな空間と相性がよかった。
ジューリア役のハスミック・トロシャンも水準以上だが、とりわけ召使ジェルマーノ役のパオロ・ボルドーニャが冴えた。ボルドーニャにインタビューすると、「冴え」の理由がわかった。
「ジェルマーノは言語が異なる異国の出身です。彼は賢く、誠実で、ジューリアを心から愛していますが、彼女は自分を決して愛さないと冷静に理解しています。この異文化間のズレは時に滑稽に見えますが、それは異国の地での孤独の表れでもあります。だから異文化の間で歩み寄る必要がある、という普遍的なメッセージになります」
「なりゆき泥棒」は1987年のジャン=ピエール・ポネル演出の再演で、シンメトリーの美しい舞台。召使マルティーノが運んできた鞄の中から登場人物が一人一人出てきて、装置類もそこから引き出されるなど、満載のアイディアと楽しさに、本物は年を経てさらに輝くと実感した。
指揮は新国立劇場で「イタリアのトルコ人」を振るアレッサンドロ・ボナート。テンポ感が抜群で、メリハリが利きつつ音は沸き立ち、これぞロッシーニ。インタビューで「ロッシーニの音楽は演奏家が自由に解釈しがちですが、実はロッシーニは、非常に厳密で細部にこだわっています。だから彼が書いたものを変更するより、彼の意図を正しく理解することが大切です」と語った。それが実践されていた。
登場人物6人のうち5人をイタリア人が歌い(1人はルーマニア人)、響きのバランスもいい。なかでもテクニックが万全ですべてのフレーズに意味が宿るデーヴ・モナコ(テノール)が光った。
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










