きらりと輝く小品を集めたアルバムにこそ、その音楽家の本質がおのずと表れるもの。名手3人が、それぞれの持ち味を発揮したユニークな小品集を出した。
<BEST1>
田部京子「メロディー」
スコリク:メロディー/ラヴェル:ボロディン風に/シューベルト=田部京子・吉松隆:アヴェ・マリア、他
田部京子(ピアノ)
<BEST2>
小山実稚恵「モノローグ」
ドビュッシー:アラベスク第1番/シューベルト:楽興の時第3番/J・S・バッハ:シンフォニア第11番ト短調、他
小山実稚恵(ピアノ)
<BEST3>
ジャン・ロンドー「パルナッソス山への階梯」
パレストリーナ:第1旋法によるリチェルカーレ/クレメンティ=ジャン・ロンドー:「パルナッソス山への階梯」より第45番アンダンテ・マリンコーニコ、他
ジャン・ロンドー(チェンバロ)
デビュー30周年という田部京子が記念の節目に送り出したCD「メロディー」は、アルバム全体にリリカルな情感と清冽(せいれつ)な哀愁が漂う。レパートリーの中核をなすシューベルトやブラームスを柱に、メンデルスゾーンからシベリウス、吉松隆まで、これまで深く取り組んできた作曲家の16曲を選んだ。しかも、その配置が巧妙だ。憂いを含んで沈潜していく出だし、少し光が差し込み始める中盤を経て、音楽への感謝と祈りに収束していくラストまで、流れが途切れない。
作品をじっくりと歌い込み、丁寧に叙情をすくい取るピアニズムは、この奏者の美点。リズミカルな曲では快適な躍動感を加え、トータルでの緩急のバランスや起伏をしっかり計算している。新型ベーゼンドルファー(280VC)の柔らかく反応がよい音色を味方につけて、自分の心にとまった珠玉の名品を徹底的に磨き上げている。
小山実稚恵の「モノローグ」は、もっと親密な感触が強い。自宅に録音機材を持ち込んで、1890年代に製造されたというヴィンテージ級のスタインウェイと対峙(たいじ)した。肩の力がすっと抜けた自然体で、スカルラッティからラフマニノフまで、お気に入りの11曲を収めた(バッハのシンフォニア第11番は別テイクも収録)。ちょっと古雅な温かい音色に乗せて伝えるリラックスした表情は、ふと笑みがこぼれるよう。自宅録音の利点が生きている。
パルナッソス山は古くから学問や芸術の聖地とされてきた。その頂上につながる道標をテーマに、チェンバロの才人、ジャン・ロンドーは、パレストリーナからドビュッシーに至る壮大なコンセプト・アルバムを作り上げた。収録曲は小さくても重量感をたたえた傑作ばかり。演奏も解釈の掘りが深く、小品集というにはあまりに立派な企画性と、着眼点の面白さが痛快だ。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。