活発な演奏活動を続ける日本人指揮者による新譜が相次いでいる。引退宣言後のライヴから、世界初録音のオペラ作品まで、中身も格別だ。
<BEST1>
ショスタコーヴィチ 交響曲第10番
井上道義(指揮)NHK交響楽団
<BEST2>
マーラー 交響曲第1番
佐渡 裕(指揮)/トーンキュンストラー管弦楽団
<BEST3>
サン=サーンス 歌劇「デジャニール」
山田和樹(指揮)/モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団
ケイト・アルドリッチ(メゾソプラノ)/ジュリアン・ドラン(テノール)/アナイス・コンスタン(ソプラノ)/モンテカルロ国立歌劇場合唱団
みずから最終ゴールと定めた2024年末に向かって、井上道義が全力疾走を続けている。折に触れての演奏会は、あっという間に切符が完売し、聴衆も焦燥感にとらわれながら名匠のラストを追っている。NHK交響楽団にも何度か登場し、このショスタコーヴィチ第10番は、2022年11月にNHKホールで行われたライヴ録音。
第1楽章から切迫した緊張感が充満し、第2楽章の暴力的な狂躁(きょうそう)や、第3楽章での自分と思慕する女性を示す音型の交錯を、井上は音楽の内実に即して劇的に表出していく。終楽章での、ものものしい空気と自分の音型の爆発がすさまじい。N響は高い集中度と技量で、井上の深い思い入れを精密に音化し、万感こもる熟達の棒に応えた。緊張が続くウクライナ情勢を目にしながら聴く井上の演奏解釈は、一層、意味深に感じられる。実演での印象と比べ、録音は残響過多に聞こえる。
オーストリアのトーンキュンストラー管弦楽団で音楽監督を務める佐渡裕は、同管とのライヴ盤をコンスタントに出してきた。このマーラーは2023年3月、ウィーンのムジークフェラインでの収録。第2稿まであった「花の章」を第2楽章に置きつつ、「巨人」というタイトルは外すコンセプトを採った。かの地の楽団ならではの美感や語法を生かしつつ、佐渡の開放的な音楽性と曲想がマッチした明朗な快演になった。
山田和樹とモンテカルロ・フィルは5月末の来日公演で、このコンビならではのユニークなキャラクターを全開にし、強烈な印象を残した。両者による珍しいディスクが、世界初録音となったサン=サーンス最後のオペラ「デジャニール」全曲。1911年にモンテカルロで初演され、山田自身が研究の末に蘇演を果たした貴重な記録だ。国内盤は対訳まで付く手厚い作りがうれしい。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。