~79~ 名曲に合わせて書かれた新作

委嘱作品「Adagio for 2 Harps and Strings」を自ら指揮する久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団 (C)大窪道治
委嘱作品「Adagio for 2 Harps and Strings」を自ら指揮する久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団 (C)大窪道治

9月11日、サントリーホールで、久石譲指揮新日本フィルの演奏で、久石の新作を聴いた。新日本フィルからの委嘱を受けて書かれたその作品は「Adagio for 2 Harps and Strings  (2台のハープと弦楽のためのアダージョ)」。その日の演奏会の後半に取り上げられるマーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」からの引用もあり、マーラーの交響曲第5番の前に演奏されることを前提として作曲されたのは明らかだった。ゆったりと流れる洗練された音楽。ハープの細かい動きにミニマル的な要素が感じられる。13分ほどの作品で、曲自体が美しく、弦楽合奏とハープ2台という小振りな編成なので、〝久石の「アダージョ」〟として、今後、再演されていくに違いない。

 

そういえば、8月30日、東京芸術劇場で、飯森範親指揮パシフィックフィルハーモニア東京によって日本初演された藤倉大の「Wavering World」は、シアトル交響楽団の「シベリウスの交響曲第7番と並べて演奏する」というリクエストに応えて作曲されたものであった。藤倉は、シベリウスの創作背景を調べているうちに、フィンランドの神話が日本の神話と似ていることを知り、日本の神話からインスピレーションを得て、「Wavering World」を書いた。天地が分かれたあとの天上、地上、地下の三層の世界。アシが生い茂る地上の世界がイメージされる。藤倉はシベリウスの音楽的要素やフレーズを引用することはしないと書いていたが、ヴァイオリンの澄んだ音、弦楽器のトレモロ、金管楽器のロング・トーンなどにシベリウスが想起された。この「Wavering World」は、来年3月、原田慶太楼&東京交響楽団によってシベリウスの交響曲第7番と並べて演奏される。そのとき、作品がどう聴こえるか楽しみだ。

 

既存の名曲に合わせての新作委嘱といえば、2008年から12年にかけてマリス・ヤンソンス&バイエルン放送交響楽団がベートーヴェン・ツィクルスのために6人の作曲家に作品を依頼したプロジェクトが思い出される。ベートーヴェンの交響曲第1番と並べてヨハネス・マリア・シュタウトの「マニアイ」、第2番と第6番と並べて望月京の「ニライ~ベートーヴェンの交響曲第2番&第6番へのインテルメッツォ」、第3番と並べてロディオン・シチェドリンの「ベートーヴェンのハイリゲンシュタットの遺書~管弦楽のための交響的断章」、第4番と第5番と並べてラミンタ・シェルクシュニューテの「炎」、第7番と第8番と並べてイェルク・ヴィトマンの「コン・ブリオ」、第9番と並べてギヤ・カンチェリの「ディキシー」が初演された。それぞれの作品は、ヤンソンス&バイエルン放送響のベートーヴェン交響曲全集のCDに収められている。

 

新作が既存の名曲と並べられるという前提は、作曲家の創造力をくすぐるのではないだろうか。また、聴衆にとっては、新作が既存の名曲の〝前奏曲〟として演奏されることにより、現代と過去がつながる。そして、二つの作品の共鳴を感じることもできるだろう。例えばブルックナーやマーラーの大作の〝前奏曲〟として何かを作曲してもらうなど、このようなスタイルでの新作委嘱がもっとあってもよいと思う。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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