緊迫感に貫かれた演奏会――北村の進化を示した濃密なデュオ
気鋭のチェリスト、北村陽のリサイタル。ピアノは葵トリオを主軸に活躍する秋元孝介が受け持つ。
ブラームス国際優勝をはじめ数多くのコンクール実績を誇る北村だが、今回は2026年のエリザベート王妃国際音楽コンクール入賞(第5位)を記念した公演。それゆえ前半は、同コンクールで弾いたナディア・ブーランジェとプーランクの2曲にドビュッシーの作品を加えたフランス物が披露された。
1曲目のドビュッシーのソナタは、冒頭から細やかな表現がなされる。第2楽章はピッツィカートとピアノのコンビネーションが絶妙で、第3楽章には通常以上の緊張感が漂う。次のN.ブーランジェ「3つの小品」は、各曲の描き分けが見事。中でも憧憬の念を湛えた第2曲が印象深い。前半最後のプーランクのソナタも然り。ここも第2楽章の祈るような情緒が胸を打つ。
後半最初の藤倉大「Nobody’s Nothings」(日本初演)は、ある姉弟がナチスに芸術活動を制限され、やがて忘れられてしまうという、芸術の喪失をテーマにした無伴奏曲。こうした内容を北村が演奏前に舞台上で語ったのは実に有益で、迫真的かつ抽象的な音楽を味わう大きな助けとなった。最後はショスタコーヴィチのソナタ。ここも各楽章の描き分けが素晴らしく、孤独な逍遥(しょうよう)を思わせる第3楽章にはとりわけ魅せられた。
今回は特筆すべき点が2つある。1つはコンサート全体を支配した緊迫感だ。事前に話を聞いた際に北村は「全体を通して〝生死〟にかかわる内容」と述べていたが、そうした切迫した(あるいは戦争や迫害を思わせる)空気感が、プーランクやショスタコーヴィチの機智に富んだ楽章にも色濃く漂っていた。従ってアンコールの「鳥の歌」は、平和や安寧を願うかのように響いた。こうしたメッセージ性の強さが、本公演に貴重な意義をもたらしたように思う。
もう1つはピアノの秋元の貢献度の高さ。彼は、北村の意を的確に汲みながら、各曲の性格に沿った音楽を鮮やかに紡いだ。出過ぎずにさりげない自己主張を果たす巧緻なバランス感覚は、その道の名手ディルク・モメルツ(フォーレ四重奏団のピアノ奏者)を彷彿させられた。
すなわち本日は、北村の芳醇な音や技術の深まり、特に〝表現者〟としての進化を示したリサイタルであると同時に、濃密な〝デュオ〟公演でもあった。
(柴田克彦)
公演データ
北村 陽 チェロ・リサイタル
9月23日(水・祝) 14:00第一生命ホール
チェロ:北村 陽
ピアノ:秋元 孝介
プログラム
ドビュッシー:チェロとピアノのためのソナタ ニ短調
ナディア・ブーランジェ:3つの小品
プーランク:チェロとピアノのためのソナタ FP143
藤倉大:Nobody’s Nothings
ショスタコーヴィチ:チェロとピアノのためのソナタ ニ短調 Op.40
アンコール
カザルス:鳥の歌
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。










