ユライ・ヴァルチュハ指揮 読売日本交響楽団 第661回定期演奏会

倒されても、なお前へ——ヴァルチュハと読響のマーラー「悲劇的」

磨き抜かれた美しさと緻密さ、そして打ち倒されてもなお前へ進む壮絶な闘いのドラマ。ヴァルチュハと読響は、その双方を一つの音楽として成立させた。激しさは粗々しさに傾かず、澄み切った明晰な響きのまま、マーラーが音楽に刻んだ運命との闘いを鮮烈に立ち上がらせた。

ユライ・ヴァルチュハが読響とともにマーラー「悲劇的」に挑んだ
ユライ・ヴァルチュハが読響とともにマーラー「悲劇的」に挑んだ ©読響 撮影=藤本崇

第1楽章の行進曲は速く鋭い。アルマの主題に入っても緊張は解けず、展開部でカウベルが響いても安息には向かわない。コンサートマスター白井圭を中心とするヴァイオリン群は、透明感と強靱さ、一体感を終始失わず、研ぎ澄まされた音色が極めて美しい。

救いとなったのは第2楽章アンダンテ。ヴァイオリンが柔らかく主題を歌い出すと、ようやく緊張が緩む。イングリッシュ・ホルン、オーボエなど木管、ハープ、チェレスタも美しく、劇的に高揚しても明晰さは失われない。チェロの対位旋律も美しく、ヴァルチュハと読響の精緻さが際立った。

第3楽章スケルツォは快速。激烈で煮えたぎるような切迫感があり、怒りを叩きつけるように迫る。一転、「古風に」と記されたトリオでは表情を和らげ、続く木管の哀調を帯びた旋律に諧謔がにじむ。

終楽章では、その前進する力が極限まで高まる。アレグロ・エネルジコの行進を読響は驚くべき集中力で突き進む。第2主題が高揚し、勝利をつかむかと思われたその瞬間、ハンマーがそれを打ち砕く。それでも立ち上がり、第2のハンマーを受けてもなお前へ進む。読響の推進力は終盤まで少しも衰えない。4人の奏者が打ち鳴らすシンバルを伴う巨大な頂点を築き、ペザンテ(重く)を経て銅鑼とともに序奏が三たび回帰した瞬間、私は艱難辛苦(かんなんしんく)の果てに天国の門へたどり着いたかのような安堵を覚えた。

第2主題が高揚し、勝利をつかむかと思われたその瞬間、ハンマーがそれを打ち砕く ©読響 撮影=藤本崇
読響は終盤まで推進力を失わず、4人の奏者が打ち鳴らすシンバルを伴う巨大な頂点を築いた ©読響 撮影=藤本崇

しかしティンパニとモットー和音が再び現れ、音楽は現実の厳しさへ引き戻される。静寂へ沈み込んだその先で、全管弦楽の強烈なイ短調和音がすべてを断ち切る。続くティンパニ、低弦のピッツィカート、大太鼓が重く響き、音楽は深い沈黙へと消えていった。ヴァルチュハは身じろぎもせず、長い静寂を保った。何という凄絶なドラマであったことか。ヴァルチュハと読響が総力を結集し、マーラーの音楽そのものに語らせた凄演であった。

(長谷川京介)

ヴァルチュハと読響が総力を結集し、マーラーの音楽そのものに語らせた凄演だった ©読響 撮影=藤本崇

公演データ

読売日本交響楽団 第661回定期演奏会

9月8日(火)19:00 サントリーホール 大ホール

指揮:ユライ・ヴァルチュハ
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:白井 圭

プログラム
マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」

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長谷川京介

はせがわ・きょうすけ

ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。

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