エベーヌ弦楽四重奏団の現在地を示す正統派ベートーヴェン演奏
6月9日を初日とする6回に分けた「ベートーヴェン弦楽四重奏曲」全曲シリーズの最終公演。第13番変ロ長調作品130は第5楽章カヴァティーナが終わると、初演時に不評を買って差し替えを求められた「大フーガ」に突入。ほとんどのカルテットが物凄い形相で熱演、結果として意図せぬ不協和音を連発して討ち死にしてしまう音楽でもある。
ところがこの日の「エベーヌ」の演奏は技術的に極めて高度だったために「大フーガ」が〝楽しく〟聴けた。最後の2分ほど、ベートーヴェンの癖で曲が一度エネルギーを減じてからコーダに入っていく周辺では「あっ、終わってしまう。残念」と本当に思わせた。こんなことは初めて。前の楽章カヴァティーナも真に感動的で会場が静まり返った。冒頭楽章がやや気乗りしないかにきこえ、続くプレストで一気にギアチェンジしたのも意図的だったかもしれない。全曲が終わった途端、弦楽四重奏曲公演では珍しいスタンディングオベーションがあった。
最初に演奏された「ラズモの1番」は冒頭、岡村のチェロの正確な音程と飄々(ひょうひょう)とした表情が実によく、続く部分でもその正確さも爽快。「あれれ」という部分もあったが(疲労が蓄積した最終日)、終わってみるとこちらも正統派のベートーヴェンだった。
個人的に「エベーヌ」というと、「ジャズ&ロック演奏で大ブレークした」というのはともかく、2006年5月「熱狂の日」音楽祭で来日した時から「天才的な第1ヴァイオリンピエール・コロンベ中心のユニーク団体」という妙な思い込みがあった。しかし今回の「ベートーヴェン」は初日の第4、5、12番からして、演奏そのものは、革新的というより良い意味で保守的。前回2025年3月来日公演は新規参入のチェロ岡本侑也のお披露目に近かったので、今回はその成果を問うものだった。ただそれ以前の「エベーヌ」と、岡本が参加した「エベーヌ」では小さくない断層が感じられるのは事実。それを「まだ岡本が他の3人とは完全に溶け合っていない」と聴くのか「今の形がこれからのエベーヌ」と見做(みな)すかで見解が分かれそうだ。私は後者の側。フランス拠点のユニーク・カルテットが王道を歩み始めた。
(渡辺和彦)
公演データ
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
エベーヌ弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル Ⅵ
6月16日(火) 19:00サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
弦楽四重奏:エベーヌ弦楽四重奏団
ヴァイオリン:ピエール・コロンベ/ガブリエル・ル・マガデュール
ヴィオラ:マリー・シレム
チェロ:岡本侑也
プログラム
ベートーヴェン
:弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調Op.130「大フーガ付き」
わたなべ・かずひこ
音楽評論家。北海道生まれ。弦楽器と歌(他ジャンルを含む)、猫、小鳥好き。
NHK「朝のバロック」他の企画構成を約20年担当、FM東京(現トーキョーFM)クラシック番組担当も長く務める。前後して「ヴァイオリニスト33」(河出書房新社)、「ヴァイオリン・チェロ名曲名演奏」(音楽之友社)、「ラテン・クラシックの情熱」(水曜社)などを発表。最初の著作「クラシック辛口ノート」(洋泉社)のため「辛口評論家」と言われることも多いが実はそれほどでもない。










