チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 第1010回オーチャード定期演奏会 

日韓の若き才能による輝き、指揮者と楽団の厚い信頼関係に裏打ちされた懐の深いベートーヴェンが聴衆を魅了

東京フィルの2月定期は、名誉音楽監督のチョン・ミョンフンが指揮とピアノを務めるオール・ベートーヴェン・プロ。中期の「傑作の森」から作品番号が連続する2曲を並べるアイデアは、マエストロの発案だった。3公演初日のオーチャード定期から、指揮者の円熟を映す手ごたえと、日韓の若き才能の輝きが聴衆を魅了した。

東京フィルハーモニー交響楽団、第1010回オーチャード定期。オール・ベートーヴェン・プロで、名誉音楽監督のチョン・ミョンフンが指揮とピアノを務めた 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
東京フィルハーモニー交響楽団、第1010回オーチャード定期。オール・ベートーヴェン・プロで、名誉音楽監督のチョン・ミョンフンが指揮とピアノを務めた 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

前半の「ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲」は、昨年の韓国ツアーでも名誉音楽監督じきじきに弾き振りを披露した十八番。今回のソリストは2022年ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール優勝の前田妃奈と、21年にエネスク国際コンクールで最年少優勝を飾った2006年生まれのチェリスト、ハン・ジェミンというフレッシュな顔ぶれだ。後者はマエストロの推薦という。

第1ヴァイオリン8人という刈り込んだ編成ながら、第1楽章冒頭から重心の低い堂々たる響きが会場を満たす。ヴァイオリンの前田は艶やかな美音を大きな身ぶりで繰り出し、楽団との対話を楽しみながらチャーミングに弾き進める。彼女の演奏はこのところ吹っ切れたように自在な闊達さを増しており、この日も積極的な仕掛けが功を奏した。

チェロのハン・ジェミンは第2楽章の主題を気高く歌い込むなど、スケールの大きな歌心を発揮した。安定した技巧がみごとで、ソロが白熱しても型を崩さないのは大きな美質だ。そして独奏陣の安定した核となったのがマエストロのピアノ。ここぞという時に、粒立ち良いクリアーなタッチによって存在感を主張した。

前田妃奈の闊達なヴァイオリンと、ハン・ジェミンの歌心溢れるチェロが聴衆を魅了した 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
前田妃奈の闊達なヴァイオリンと、ハン・ジェミンの歌心溢れるチェロが聴衆を魅了した 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

後半は交響曲第3番「英雄」。マエストロ・チョンは編成を14型に拡大した東京フィルから、古典派らしい抑制の利いた落ち着いた音色を引き出し、けれん味のない磨き抜かれた作品像を示した。そんな力みの抜けた風格が円熟の証だろう。

第1楽章から快適な律動感を保ち、第2楽章の葬送行進曲も無用に粘らない。第3楽章の解放感を受けた終楽章ではテンポを速め、各変奏の妙味をさっそうと描き分けた。管楽器をさりげなく強調して曲の構造を浮き彫りにするなど、ディテールへの目配りが巧みだ。

楽団との厚い信頼関係に裏打ちされた、懐の深いベートーヴェンとなった。

(深瀬満)

ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」で、古典派らしい抑制の利いた落ち着いた音色を聴かせた 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」で、古典派らしい抑制の利いた落ち着いた音色を聴かせた 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

※取材は2月24日(月・祝)の公演

公演データ

東京フィルハーモニー交響楽団 第1010回オーチャード定期演奏会

2月24日(月・祝)15:00 Bunkamuraオーチャードホール、25日(火)19:00サントリーホール、26日(水)19:00東京オペラシティ コンサートホール

指揮・ピアノ:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
ヴァイオリン:前田妃奈
チェロ:ハン・ジェミン

プログラム
ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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