懐かしの名コンサートマスター、ルイ・グレーラー

発足時の新日本フィルでコンサートマスターを務めたルイ・グレーラー
発足時の新日本フィルでコンサートマスターを務めたルイ・グレーラー

ルイ・グレーラー氏の名は、長年日本のオーケストラを聴き続けて来た人にとっては、懐かしい響きであろう。若い頃は、あの伝説的なトスカニーニ指揮下のNBC交響楽団のヴァイオリン奏者であり、のち同楽団が自主運営団体シンフォニー・オブ・ジ・エアとなった時には、そのコンサートマスターを務めた。その後来日して日本フィルのコンサートマスターとして活躍、1972年に同楽団が分裂したあとは、新日本フィルのコンサートマスターとしてオケを牽引(けんいん)した。堂々たる恰幅(かっぷく)の、あたたかい雰囲気を備えた人だった。そのヴァイオリンの音色も柔らかく、朗々としてスケールが大きく、風格に富んでいた。

 

 発足したばかりの新日本フィルはもちろん自主運営で、貧しい楽団がゆえに超多忙だったが、グレーラー氏はそんな中でも驚くほどよく働いていた。夏に軽井沢の晴山ホテル(現軽井沢プリンスホテルウエスト)で行われていた新日本フィル恒例の「軽井沢音楽祭」では、たとえば1974年には、5日間の昼夜計7回の演奏会(指揮者なし)のリーダーを務めてリハーサルから本番までオーケストラを指導、25曲のプログラムを演奏した。当時FM東京で新日本フィルの定時ライヴ番組を制作していた筆者もその演奏会をすべて録音し放送したが、グレーラー氏の獅子奮迅の仕事ぶりには本当に感服した。「疲れませんか?」と尋ねると、氏はにっこり笑って、「音楽に浸っていれば、疲れることなんてないんだよ」と応じたものだった。

 

 とはいえ氏も外国人、いろいろ気苦労もあったらしい。1974年秋、新日本フィルは小澤征爾氏と秋山和慶氏を指揮者に、ニューヨークの国連デーに出演し、次いで欧州各地への演奏旅行を実施し(筆者も取材で同行した)、グレーラー氏はそのすべての公演でコンサートマスターを務めていたが、食事の時などに同じテーブルに就くと、筆者によく愚痴をこぼしたものだ。氏は、日本語はある程度分かるらしいが、自分では絶対日本語を話さないという不思議な人だった。従ってこちらも出任せの英語で応対しなければならなくなる。ある日、朝食の際に氏の限りない愚痴(パリのコンコルド・ラファイエット・ホテルの「夜の女」への対応など、面白い話も交じってはいたが)を一所懸命聞いてあげていたために、ツアーのバスに乗せるトランク集合時刻を忘れてしまい、自分一人だけトランクをガラガラ引っ張りながら移動する羽目になったこともある。

 

 愚痴の主要テーマは、要するに貧乏楽団ゆえ「生活が苦しい」ということだったのだが、ついにそれが高じて、1975年春には「グレーラーさんが辞める」という噂(うわさ)が広まった。重鎮コンサートマスターが去ることほど、新興の未整備のオーケストラにとって大きな痛手はない。筆者は、自分が外部の人間なのにもかかわらず、レギュラー番組制作や演奏旅行などで新日本フィルの中に深く入り込んでしまっていたため、誰に頼まれたわけでもないのに、世田谷のグレーラー氏の自宅をひとりで訪れ、オケにとどまってくれるよう説得を試みるという、おかしな行動に出てしまった。多分、滅茶苦茶な英語で一所懸命しゃべったのだろう。「新日本フィルはあなたを必要としているのです」という私の話を黙って聞いていた氏は、しかし最後に一言ぽつんと「みんな、オーケストラが必要としていることについては、いろいろ言うんだ。でも、私、ルイが必要としていることについては、だれひとり何にも考えてくれない」とつぶやいた。私はこの言葉に胸をつかれ、それ以上何も言えなくなってしまった。外国人の氏は、その時もう62歳になっていたからである。結局、氏は、その5月で新日本フィルを辞めた。

 

 グレーラー氏から、あの伝説的な大指揮者トスカニーニについての話をもっと聞いておけばよかった、と悔やまれる。だが、一つ印象的なエピソードを聞いたことがある。――トスカニーニがニューヨーク・フィルの指揮者だった時(1936年まで)、同団のトランペットの首席奏者を、猛烈にしごいた。彼がどんなに巧く吹いても「ノー、そうじゃない、ノー、もう一度だ」としぼり上げるのだった。その奏者は楽屋に戻ると口惜しさのあまり楽譜を床にたたきつけ、「畜生! もうやってられん! 何が気に入らないんだ」と激怒するのが常だった。だが、その後NBC交響楽団がトスカニーニのために組織され、NBC放送が全米のオケから優秀な楽員を引き抜いていた時、トスカニーニは「トランペットは彼でなくてはいかん。彼以外には考えられない!」と言って譲らなかった、という。

東条 碩夫
東条 碩夫

とうじょう・ひろお

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。

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