「連隊の娘」の成長物語でスター誕生!
多くのオペラ公演に接していても、「スター誕生」の瞬間に立ち会える僥倖(ぎょうこう)はまれだ。日生劇場で上演された「連隊の娘」は、総合芸術としての質の高さに加え、その貴重な体験をもたらしてくれた忘れ難い舞台となった。
「連隊の娘」はドニゼッティ唯一のオペラ・コミック(フランス語による歌芝居)で、日生劇場では初のフランス語オペラ(以前上演された「カルメン」は日本語訳)。名作ながら日本での上演は少ない。
粟國淳の演出は「おもちゃの世界」がテーマ。「連隊の娘」は、七月王政下で大革命やナポレオンが賛美されていた1840年に初演された「戦争オペラ・コミック」でもあるが、粟國は今の時勢と重ねるのを避け、ポップな「おもちゃ」の数々を背景に、もう一つのストーリーである「家族愛」を強調した。連隊の兵士は時代も国もさまざまな兵隊人形のコレクション、貴族のドレスはパネルに描かれた虚構の衣裳(衣裳は武田久美子)。ハッピーエンドを見守るのは巨大なベアだ。
今回の上演のもう一つのポイントは、オリジナルのセリフを6割方残したこと。通常はカットされるセリフもかなり生かされたことで物語の伏線がよくわかり、「お芝居」としての面白さが伝わった。セリフを日本語にせずフランス語にとどめたのも、劇の流れを生かして正解。その結果、「連隊の娘」が2人の主人公、特にヒロインのマリーの成長物語であることが浮かび上がった。屈託のない無邪気な少女から、恋の喜びと痛み、そして「母」の愛を知った大人の女性へ。それを彩る歌の数々の魅力的なこと。
それを痛感させてくれたのは、マリー役砂田愛梨の演唱のおかげでもある。煌(きら)めく声とヴィヴィッドな存在感。音のパレットの豊かさとブリリアントな装飾歌唱。発語は切れ味よく、フランス語のセリフも音楽的だ。そこにいるだけで舞台が明るくなるのは、才能と鍛錬とイタリアでの舞台経験の賜物だろう。オーディションで射止めた本役は、砂田にとって日本における大舞台での主役デビュー。「スター誕生」に客席は沸きに沸いた。
相手役トニオを歌った澤原行正は、スモーキーで温かみのある美声、弾力のある高音で急遽の代役の大任を果たし、深く支えのある声と演劇的な表現力を併せ持つシュルピス役山田大智、母親の揺れる心を表現したベルケンフィールド侯爵夫人役金澤桃子ら脇役も充実。原田慶太楼率いる読売日本交響楽団はカラフルで躍動的な音楽をピットから溢れさせ、全盛期のドニゼッティの天才ぶりを見せつけた。第2幕のマリーのアリアで切ない心に寄り添った富岡廉太郎のチェロは絶品!
(加藤浩子)
※取材は11月9日の公演
公演データ
NISSAY OPERA 2024 オペラ「連隊の娘」(新制作)
全2幕 フランス語上演/日本語字幕付き
作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
台本:ジュール=アンリ・ヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュ
ジャン=フランソワ=アルフレッド・バイヤー
11月9日(土)、10日(日)14:00日生劇場
指揮:原田慶太楼
演出:粟國 淳
美術:イタロ・グラッシ
衣裳:武田久美子
9日のキャスト ※( )内は10日のキャスト
マリー:砂田愛梨(熊木夕茉)
トニオ:澤原行正(小堀勇介)
ベルケンフィールド侯爵夫人:金澤桃子(鳥木弥生)
シュルピス:山田大智(町 英和)
オルテンシウス:加藤宏隆(森 翔梧)
両日出演のキャスト
伍長:市川宥一郎
クラッケントルプ公爵夫人:金子あい
従者:大木太郎
農民:工藤翔陽
公証人:阿瀬見貴光
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ
合唱指揮:三澤洋史
管弦楽:読売日本交響楽団
かとう・ひろこ
音楽物書き。バッハを中心とする古楽およびオペラ、絵画や歴史など幅広いテーマで執筆、講演活動を行う。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアーの企画同行も行い、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年を超えるロングセラー。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ」「バッハ」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「オペラで楽しむヨーロッパ史」など。最新刊は「16人16曲でわかるオペラの歴史」(平凡社新書)。
オフィシャルホームページ
https://www.casa-hiroko.com