正統的にしてフレッシュ カーチュン・ウォンのブルックナー
カーチュン・ウォンが日本フィルと初めて演奏するブルックナーは作曲家最後の交響曲である第9番。今年5月に演奏したマーラーの交響曲第9番と同じような死生観を持ち、来年3月のマーラー「復活」につながるため選んだとウォンはインタビュー(『音楽の友』8月号/特集「シン・ブルオタ入門2024」掲載。日本フィルサイトで公開中)で語る。
ヨッフムやチェリビダッケのブルックナーを聴いて育ち、ジュリーニの演奏が大好きというウォンが〝伝統的な演奏を目指す〟とインタビューで語った通り、演奏は奇をてらわず正統的で、ブルックナーにふさわしい重厚で堂々たる威容と確固たる構造を持っていた。
ウォンの指揮の特長である隅々まで明晰(めいせき)でダイナミックな輝かしい演奏は、音の混濁がなく、どの楽器も明解に聞こえる。さらに、若々しくフレッシュな響きや感覚が加味されている点が素晴らしかった。
その実現に寄与したのは、ウォンが今秋から首席指揮者兼アーティスティック・アドバイザーに就任した英国マンチェスターのハレ管弦楽団の若きコンサートマスター、ロベルト・ルイジ。彼がリードする弦はみずみずしく、生き生きとした響きを生み出した。
ウォンの指揮でもう一点瞠目(どうもく)した点は、ブルックナー特有のゲネラル・パウゼ(全体の休止)の絶妙さ。突然の場面転換も違和感がなく、音楽が自然に流れていく。第1楽章と第3楽章は悠々とした大河のような流れが維持された。
日本フィルは楽員の集中力が素晴らしく、特にホルンが大健闘。客演首席は元東京フィル首席の森博文。冒頭の8本のホルンによる動機や、ブルックナー自身が「生からの別れ」と名づけた第3楽章経過句のワーグナー・テューバとホルンの荘重なハーモニーも完璧だった。
オーケストラは16型だが、コントラバスは8台ではなく10台。ウィーン・フィルのように舞台奥に横1列に並ぶ。演奏全体の土台を固める効果を生み、低音が前から迫り、ピッツィカートはたくましく響く。第3楽章ではヴァイオリンとコントラバスの緊迫感のある対話がステージの前と後ろで立体的に交わされたことも興味深かった。
ウォンは来月マンチェスターでハレ管弦楽団と4楽章ヴァージョンを演奏することになっているが、コーダは完全に終わるのではなく、その先につながるような余韻を残した。
(長谷川京介)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第763回東京定期演奏会
9月7日(土)14:00サントリーホール
指揮:カーチュン・ウォン
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団(ゲスト・コンサートマスター:ロベルト・ルイジ)
プログラム
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調WAB109(3楽章構成)
はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。