夏の終わりにふさわしい、極上の清涼剤
1982年生まれのウルバンスキは2013年から3年間、首席客演指揮者を務めたので東京交響楽団の「鳴らし方」を心得ている。ラフマニノフの協奏曲は、1977年にクロアチアのザグレブで生まれ現在はオーストリア国籍、作曲もクラリネットもこなす才人ラツィックが独奏した。冒頭こそ肉厚の音で鐘の響きを印象づけたが、全体では弱音を基調にリズムを際立たせていく。一般には濃厚なロマンティシズムを打ち出したり、達者な技巧をアピールしたりの再現が多いなか、ラツィックはラフマニノフがプロコフィエフらと共有した時代のモダニズムを見据え、つねにゆとりを保ちながら弾き進める。随所で木管楽器のソロと、繊細な室内楽を楽しむ趣もあった。第3楽章では左右の手の音のバランスや和声に工夫を凝らし、ユニークな色彩を放ったのが強く印象に残る。
ウルバンスキは母国ポーランドでワルシャワ国立フィルの音楽&芸術監督を務めるが、このオーケストラはかつてドイツ・グラモフォンにスタニスラフ・ヴィスロツキの指揮、スヴャトスラフ・リヒテルの独奏で「ラフ2」の名盤を残した。そこに聴く、いく分ダークな色調の響きをウルバンスキも東響とともに描き出す。協奏曲の伴奏でも暗譜で臨み、全3楽章をアタッカ(切れ目なし)で続けるなど、かなり深く楽曲にコミットする。とりわけ第1楽章終止の総奏が鳴り止まないうちに第2楽章の静かな弦合奏をかぶせ、幻想的な雰囲気を醸し出したアイデアには感心した。
後半のショスタコーヴィチは成功作の「第5」と壮大な「第7(レニングラード)」の間にはさまった問題作の「第6」。フルートの竹山愛、クラリネットのエマニュエル・ヌヴー、ホルンの上間善之、イングリッシュホルンの最上峰行、オーボエの荒絵理子、ティンパニの清水太らが次々と妙技を披露、最終楽章に当たる第3楽章ではコンサートマスター小林壱成の秀麗なソロも聴けた。かつてショスタコーヴィチの交響曲を次々と日本初演した常任指揮者、上田仁(1904~1966)を知る現役楽員は1人もいないにもかかわらず、東響にはショスタコーヴィチで白熱の名演奏を展開するDNAのようなものが備わっている。ウルバンスキは振り過ぎずに東響の自発性をフルに引き出し、「悩める第6番」のどこに向かうかわからない疾走感をクールかつ巧みに再現した。
(池田 卓夫)
公演データ
東京交響楽団 第725回定期演奏会
10月12日(土)18:00サントリーホール
指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
ピアノ:デヤン・ラツィック
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小林壱成
プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調 Op.54
ソリストアンコール
ショスタコーヴィチ:3つの幻想的舞曲より「アレグレット」
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。