オペラのオーケストラらしく深く歌い込まれた個性あふれるマーラー
ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場管弦楽団(以下、METオケ)日本公演のBプログラムを聴いた。
前半は米国の作曲家モンゴメリーの新作「すべての人のための讃歌」日本初演とモーツァルトのコンサート・アリア2曲。「すべての…」は旋律線がはっきりと聴き取れる現代作品にしては穏当な作風。弦楽器の温かみのあるサウンドが光る。
METに加えてウィーンをはじめヨーロッパ各地で活躍するソプラノ、リセット・オロペサをソロに迎えてのモーツァルトのアリアは、オペラのオケとしての矜持を示す選曲であり、演奏であった。オロペサの軽やかなコロラトゥーラ(細かい音符を玉を転がすように歌う唱法)を柔軟かつ生き生きとしたタッチで支えていく様は、まさにオペラの現場で培った百戦錬磨の実力といえよう。
後半は驚きの連続だった。米国のオケが演奏するマーラーといえば、ブラスが大音量で爆発し、全体をけん引していく印象が強いが、ネゼ=セガンがMETオケから引き出したのは全曲にわたって絶妙なバランスを保ちながら美しいハーモニーを構築し、深く歌い込んだ音楽だったからだ。ネゼ=セガンは弦楽器に向かって指示を出す場面が多く第4楽章などはかなり遅めのテンポでルバートを多用しながら濃密な表現が絶え間なく繰り出された。その一方で、ソロを除けば金管楽器が突出する場面は皆無。このバランス感は第1楽章冒頭のトランペットのソロの後のフォルティシモの全奏、第2楽章の後半、そして第5楽章のコーダと、金管楽器の大音量が鳴り響くような箇所でも徹底されていた。逆に弱音による繊細な表現が随所で際立つなど、すべてが米国のオケに抱く従来のイメージを覆す音作りであった。とはいえ、競争の激しい米国の名門オケだけに管楽器各パートのソロのテクニックはいずれも秀逸で、第3楽章のホルンのソロは立奏でその妙技が披露された。
終演後、オケが退場するといったん収まった拍手が再び勢いを増し、ネゼ=セガンが舞台に再登場し両手でハートの形を作って聴衆に感謝のメッセージを送っていた。
(宮嶋極)
公演データ
METオーケストラ来日公演2024
東京公演Bプログラム
2024年6月26日(水)19:00 サントリーホール 大ホール
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
ソプラノ:リセット・オロペサ
コンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン
プログラム
モンゴメリー:すべての人のための讃歌(日本初演)
モーツァルト:アリア「私は行きます、でもどこへ」「ベレニーチェに」
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。