~80~ 作品や劇場を映す、オペラのオーケストラ編成

舞台上の歌手のみならず、オーケストラもまたオペラの担い手=新国立劇場「子どもと魔法」より 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
舞台上の歌手のみならず、オーケストラもまたオペラの担い手=新国立劇場「子どもと魔法」より 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

10月1日、新国立劇場のオペラ部門の新シーズンが、プッチーニの「修道女アンジェリカ」とラヴェルの「子どもと魔法」で開幕した。一幕物のオペラの二本立てでいささかコンパクトなプログラムともいえたが、オーケストラ・ピットの中はにぎやかだった。どちらも1920年前後にプッチーニとラヴェルという独自の管弦楽法を持つ大家が書いた作品だけに、通常の楽器に加えて、「修道女アンジェリカ」ではチェレスタ、ハープ、グロッケンシュピールのほか、別働隊として(舞台裏で)ピッコロ、トランペット、ピアノ、オルガン、鐘が加わり、「子どもと魔法」では、チェレスタ、ハープ、ピアノのほか、鞭(むち)、クレセル、ラペ・ア・フロマージュ、ウッドブロック、風音器、アンティークシンバル、スライドホイッスル、シロフォンなどの多彩な楽器が加わった。前者は女子修道院にふさわしい柔らかな響きを作り出していたし、後者は子どものおもちゃ箱をひっくり返したような音響を作り上げていた。

 

また、10月14日には、神奈川県立音楽堂で、鈴木優人率いるバッハ・コレギウム・ジャパンによるヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」を見た。ここでは、第1ヴァイオリンが3名ということで、通常のオペラ公演よりも弦楽器がかなり少ないと思われるかもしれないが、バロック・オペラ(古楽器オーケストラ)ではこれくらいが普通なのであろう。と同時に、この公演では、コントラバス、ファゴット、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボ&ギター、リュート、ハープ各1名、チェロ2名、チェンバロ3名、計11名という通奏低音が特徴的で、さまざまな組み合わせでの通奏低音を楽しむことができた。一方、2022年10月、新国立劇場が上演した「ジュリオ・チェーザレ」では、オーケストラ(東京フィル)が第1ヴァイオリン8名という編成で演奏していた。そして普段の東京フィルにはないリコーダーが管楽器陣に入っていることも注目された。

 

一言で「オペラのオーケストラ」といっても、その作品の時代によって編成は大きく異なる。その上、オペラのオーケストラは、しばしば、劇場の大きさ(オーケストラ・ピットの大きさ)などによって、サイズが変えられる。特にバロック・オペラでは、オーケストラの編成は、それぞれの演奏団体によってかなり違う。バロック・オペラのバラエティーに富んだオーケストラを見ていると、オーケストラの標準編成とは何なのかをあらためて考えさせられる。

 

そのほか、新国立劇場での2021年3月の「ワルキューレ」や2023年5月の「サロメ」では管弦楽縮小版が用いられた。ともにオーケストラ・ピット内での”密”を避けるためであった。少し管楽器の数を減らした程度の違いで、響きが若干すっきりとしているが、オリジナルとはそんなに変わらないという印象を受けた。本来は、中小の劇場で上演するための縮小版であり(「サロメ」のフュルストナー社版は、シュトラウス自身が上演用として認めていたという)、例えばドイツの地方劇場では日常的にこういう版を使っているのかと知ることができてとても興味深かった。

山田 治生
山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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