表題役ペルトゥージの高貴で圧倒的な存在感
ミケーレ・ペルトゥージの存在感に圧倒された。2000年に「ドン・ジョヴァンニ」の表題役、21年に「ドン・カルロ」のフィリッポ2世をキャンセルした後、三度目の正直で新国立劇場に登場したイタリアの偉大なバスは、冒頭から高貴な声を柔軟に歌いまわして圧巻だった。いい年をして結婚を望んだばかりに懲らしめられるこの役は、終始オペラの大黒柱。その点でも理想的だった。
昨年末、ミラノ・スカラ座で彼のフィリッポ2世に圧倒されたが、同じ貴族的な響きが喜劇の人物像にも見事に適応する。言葉のニュアンスが考え抜かれているからで、声自体に風格があるからなおのこと、パスクワーレという高齢男性の威厳や矜持(きょうじ)にも、その裏返しの悲しみや弱さにも真実味が加わる。そしてオペラ全体の品位を支える。
表題役に一泡吹かせる医師マラテスタを歌った上江隼人も、ペルトゥージと対照的な明るい声とやわらかい表現、美しいディクションで、たしかな存在感を示した。
マラテスタの妹になりすまし、パスクワーレと「結婚」するノリーナを歌ったラヴィニア・ビーニは、ふくよかな美声だが、特に第1幕はコントロールが行き届かない感があった。だが、尻上がりに声は整い、第3幕、表題役の甥(おい)で恋人のエルネストとの二重唱では美しく制御された。そのエルネストのフアン・フランシスコ・ガテルは超美声を端正に響かせ、第3幕のセレナータの美しさも際立った。
これらの登場人物が、古典的で美しいが写実的すぎず、次々と変化する点ではモダンなステファノ・ヴィツィオーリ演出の舞台に支えられ、型通りの喜劇的人物ではなく、生身の人間として浮かび上がった。レナート・バルサドンナ指揮の東京交響楽団は、もう少し角が取れたやわらかさがあればよかったが、洒脱(しゃだつ)さと豊かな起伏を両立させた点で及第点だろう。
(香原斗志)
※取材は2月8日(木)の公演
公演データ
新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
ガエターノ・ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」
全3幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)
2024年2月4日(日)14:00、2月8日(木)14:00、2月10日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス
出演者等、その他データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
ドン・パスクワーレ | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。