実力派ピアニストたちの意欲的な新譜が集まった。思い切った組み合わせあり、作品全集ありと、各人の戦略は多彩だ。
<BEST1>
ショパン ピアノ・ソナタ第2番「葬送」/ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」
ベアトリーチェ・ラナ(ピアノ)
<BEST2>
フォーレ ピアノ独奏曲全集
リュカ・ドゥバルグ(ピアノ)
<BEST3>
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第6~8番)
アブデル=ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)
イタリア出身のベアトリーチェ・ラナは、モントリオール国際音楽コンクール優勝などを経て頭角を現した逸材。日本にも来演の経験がある。最新盤はショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」に、ベートーヴェンの同第29番「ハンマークラヴィーア」という意表を突いた組み合わせ。主音が変ロ短調に変ロ長調と共通性はあるものの、それなりの意図と確信なくしては、1枚のディスクに収めるには勇気が要る構成だ。
背景にはコロナ禍が大きく関わっていた。彼女はロックダウンの時期、ひとり黙々と楽聖の高峰へ立ち向かい、解釈を会得した。長く親しんできたショパンと併せ、2曲に潜む死への恐れ、孤独への恐れと解決法を見出したがゆえ、両者のカップリングが興味深く感じられるようになったという。
両作品の演奏で共通するのは、思い切りのよい踏み込みと、明快なタッチを駆使した勢いある歌心。強弱や表情は起伏に富み、曲の細部までしっかり目が行き届いている。聴いて納得の1枚。
フランスの気鋭、リュカ・ドゥバルグも、ユニークな奏風でファンを広げている。彼もパンデミックで雌伏(しふく)を強いられた期間に、フォーレの世界へ目覚めたという。音色や響きがフォーレのピアノ曲に理想的、と語るボレロ社のコンサートグランド(102鍵)をわざわざ選んで、CD4枚組みの独奏曲全集にまとめ上げた。フォーレ没後100年の今年にふさわしい労作で、全作品を網羅した資料的な価値も高い。
日本ではラ・フォル・ジュルネ音楽祭出演などで知られるアブデル=ラーマン・エル=バシャはパワフルな技巧派。持ち味に合った作曲家のひとりがプロコフィエフで、「戦争ソナタ」と呼ばれるピアノ・ソナタ第6~8番を、ついに正規録音した。曲がはらむ切迫した空気や衝撃度を、苛烈なまでのダイナミズムで鮮烈に引き出す力演となった。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。