ことしはアントン・ブルックナー(1824~96)の生誕200周年。例年に増して、その作品に触れる機会が多い、後半戦となる9月からの新シーズンでも、聴きものが目白押し。ここでは首都圏で開かれる注目の公演から、聴きどころなどをご紹介しよう。(深瀬 満)
幕開けの9月は、いきなり激戦の様相を呈する。まず屈指の傑作、交響曲第8番ハ短調で、作曲者が最初に書き上げた第1稿を、ふたつのコンビが競演する。聴き慣れた改訂版の第2稿(1890年)に対し、全面改訂に着手する前の第1稿(1887年)には、粗削りながら作曲当初の意図が濃厚に残り、独自の魅力を放つ。近年は研究や再評価が進んだが、異なる2組が相次いで取り上げるのはブルックナー・イヤーならではの現象だ。
対決するのは高関健指揮の東京シティ・フィル(9月6日・東京オペラシティ)に、ファビオ・ルイージ指揮のNHK交響楽団(9月14、15日・NHKホール)と、充実した顔ぶれ。4月に東京シティ・フィル常任指揮者として10年目のシーズンを迎えた高関は、綿密なスコア分析で定評がある。今回も2022年に出版されたばかりの新全集版ホークショー校訂を採用しての演奏。楽団の献身的な協力で両者のコラボは在京オケ屈指の水準にあり、好演が期待される。
いっぽう、NHK交響楽団の首席指揮者任期を2028年8月まで延長したファビオ・ルイージは、来年5月に大きな欧州ツアーを控えるなど、同響との関係を一段と深めている。ブルックナーも活躍したウィーンなどでキャリアを積んだ巨匠ゆえ、シーズン始めにわざわざ初稿を選んでの第8番には、並々ならぬ意気込みで臨んでくるだろう。
親しみやすさから人気の高い交響曲第7番ホ長調では、大野和士指揮の東京都交響楽団(9月4日・東京文化会館=終了、5日・東京芸術劇場)と、佐渡裕指揮の新日本フィル(9月21日・すみだトリフォニーホール、22日・サントリーホール)が競う。大野は4月に交響曲第3番を定期演奏会で扱い、都響の精密なアンサンブルを生かしたダイナミックな快演を披露した。第7番でも表情豊かな解釈を聴かせてくれた(※速リポ参照)。
新日本フィルの第5代音楽監督に昨春就いた佐渡は、新旧の「ウィーン・ライン」を企画の柱に据える。ウィーンゆかりの作曲家にフォーカスする路線、今回はハイドンの交響曲第6番「朝」を並べてのブルックナーになる。オーストリアのトーンキュンストラー管弦楽団でも音楽監督を務めるだけに、本場仕込みのタクトが注目される。
指揮者生活60周年記念公演を東京交響楽団と行う秋山和慶は、交響曲第4番「ロマンティック」をメインの演目に据える(9月21日・サントリーホール)。職人芸の極と言うべき整然としたリードは不変で、ケガの復帰後も生命力豊かな音楽を紡いでいる。付き合いの長い東響と、引き締まったブルックナーを奏でるに違いない。
日本フィルの首席指揮者2年目に入るカーチュン・ウォンは交響曲第9番ニ短調に挑む(9月6、7日・サントリーホール)。出身コンクールで縁の深いマーラーに加え、オーソドックスな3楽章版によるブルックナー最後の交響曲はどう料理するのか、興味をそそる。
年末にはバッハ・コレギウム・ジャパンが「特別演奏会B&B 第九〜ブルックナー生誕200年記念〜」と題して、ベートーヴェン「第9」交響曲とブルックナーの声楽曲(詩篇第112編 変ロ長調、同第114編 ト長調)を組み合わせ、鈴木雅明が指揮するのが新鮮だ(12月6日・東京オペラシティ)。ピリオド楽器と練達の声楽陣は、ブルックナーにどんな響きをもたらすだろうか。
来日する海外勢も忘れてはいけない。トゥガン・ソヒエフはミュンヘン・フィルと交響曲第8番(11月8日・サントリーホール)を、サイモン・ラトルはバイエルン放送交響楽団と第9番(11月24日・ミューザ川崎、27日・サントリーホール)を、それぞれ用意している。ドイツの名門が、自国以外の巨匠と新たなブルックナー像を提示するのか、ぜひ体験したい。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。