今年のロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)は、開催地のペーザロが「イタリア文化首都」に設定されたため、上演されるオペラの演目数も、例年の3に対して4と多かった。加えて、最終日には演奏会形式で1夜かぎりの「ランスへの旅」も上演された。2つの再演演目と「ランスへの旅」について。(香原斗志)
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期待のパッセリーニの指揮下、新旧の名歌手の競演
「セビリャの理髪師」(8月15日、18日鑑賞)は、ロッシーニ没後150年の2018年に制作されたピエール・ルイージ・ピッツィ演出の、白を基調にした美しい舞台の再演。指揮をした1991年生まれのロレンツォ・パッセリーニは、昨年4月、パレルモで「ノルマ」を聴き、衝撃を受けていた。ほぼノーカットの演奏は、単調に聴こえがちな弦楽器の刻みが人物の鼓動のようで、旋律には細かな起伏とそれに応じた色彩がていねいに付せられ、繰り返す箇所には趣味のいいバリエーションが加えられていたからだ。
パッセリーニに聞いた。
「『ノルマ』は哲学書のようなオペラ。音響が大切で、細部に生命が宿ります。指揮をするのはすこぶる難しい。一方、ロッシーニは、オペラ・セリア(正歌劇)はまだ指揮していませんが、ブッファ(喜歌劇)は新鮮ですばやいリズムが重要で、火山が爆発するようなエネルギーも必要です。ベッリーニが旋律の音響を開拓したのに対し、ロッシーニはクレッシェンドの音響を開拓した。ベッリーニの音響が透明ならロッシーニは銀色です」
実際、シャープでリズムが際立つ。たとえば、レチタティーヴォのフォルテピアノと管弦楽のスムーズな接続など、細部にも神経が行き届く。指摘すると、実際、かなり意識したという。また、レチタティーヴォもほぼノーカットで、バリエーションも多くは新たに作曲したという。もう少し軽さが加わると、洒脱な味わいが出てくると思うが、次の演奏を聴きたい指揮者である。
その下で適材適所の歌手が躍動した。アルマヴィーヴァ伯爵は1992年生まれのアメリカのテノール、ジャック・スワンソン。軽やかな美声をやわらかく響かせ、鮮やかにアジリタをこなす。2024/25のMETライブビューイングでも、アルマヴィーヴァは彼である。ロジーナのマリア・カタエワは響きが豊かで、若干アクは強いが装飾技巧も申し分ない。フィガロのアンジェイ・フィロンチクは94年生まれと若いが、伸びやかな声で溌溂と歌い、細部に表現の甘さは残っているが、スターになる逸材だ。
こうした若手を、ミケーレ・ペルトゥージの盤石のバジリオ、カルロ・レポーレのおかしさが奥から染み出るバルトロが支えた。
最終日に揃えられた名歌手の饗宴
もう一つの再演は、2018年にモーシュ・ライザー&パトリス・コーリエが演出した「ひどい誤解」(8月16日、21日鑑賞)。ロッシーニが19歳で書いたオペラ・ブッファの第1作目だ。地主ガンベロットは娘のエルネスティーナの婚約者に、金持ちのブラリッキオを選ぶ。だが、エルネスティーナは貧乏青年エルマンノと恋に落ちるので、使用人たちは、この2人が結ばれるように「エルネスティーナは去勢された元男」という噂を流し、成功する——。
19世紀の衣装を着せ、読み替えもない代わりに、人の動きと種々のギミックで魅せる質が高い舞台だと再認識した。指揮は東京でF・D・フローレスのコンサートを指揮したミケーレ・スポッティ。ロッシーニのブッファのツボを押さえた軽妙な指揮が、瀟洒(しょうしゃ)な演出とマッチした。
歌手はガンベロットのニコラ・アライモが声も演技も圧巻。ほかはエルマンノのピエトロ・アダイーニに、テノーレ・ディ・グラーツィア(優美なテノール)の資質が感じられた。小澤征爾音楽塾の「コジ・ファン・トゥッテ」でフェッランドを歌った92年生まれのテノールである。エルネスティーナのマリア・バラコワも、98年生まれという年齢を考えれば大器である。
そして、8月23日の最終日には「ランスへの旅」が上演された。登場人物は18人におよび、名歌手が並ばなければ成立しないオペラだが、ヴァシリーサ・ベルジャンスカヤ(コリンナ)、ジェシカ・プラット(フォルヴィル伯爵夫人)、ディミトリー・コルチャック(騎士ベルフィオーレ)、アーウィン・シュロット(ドン・プロフォンド)、ニコラ・アライモ(トロンボノク男爵)……。一部の名を挙げるだけで、いかに声の饗宴であったかが伝わると思う。ディエゴ・マテウス指揮のRAI国立交響楽団は、準備不足の感もあったが、前回取り上げた2作の演奏日程が立て込んでいたことを思えば、致し方あるまい。
公演データ
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。