伝統もエレクトロニクスも——音楽の今を模索する「サントリーホール サマーフェスティバル2024」

アルディッティによるオーケストラ・プログラムより、中央左からラブマン(指揮)、マヌリ、アルディッティと同弦楽四重奏団メンバーら 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
アルディッティによるオーケストラ・プログラムより、中央左からラブマン(指揮)、マヌリ、アルディッティと同弦楽四重奏団メンバーら 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

公益財団法人サントリー芸術財団がサントリーホール開場の翌年、1987年から続けてきた同時代音楽の祭典。2024年は「ザ・プロデューサー・シリーズ」に自身の名を冠した弦楽四重奏団を率いて50周年のアーヴィン・アルディッティ(英国=1953―)、「テーマ作曲家」に楽器の音をコンピューターがリアルタイムで加工して発する「ライブ・エレクトロニクス」の第一人者フィリップ・マヌリ(フランス=1952―)を招いた。

今年は「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」の会期が広がり、8月真ん中の2週間に松本市を4往復するうち、マヌリへの委嘱新作「プレザンス」世界初演とマヌリが編曲したドビュッシーの「夢」を含む「オーケストラ・ポートレート」(8月23日、大ホール)を聴き逃してしまったのは痛恨の極みだった。テーマ作曲家シリーズの2日目、26日は前半で細川俊夫(サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ監修)と野平一郎(作曲家&ピアニスト、東京文化会館音楽監督)がマヌリと語り合い、後半で日本の若い作曲家3人の楽曲を演奏、マヌリがコメントするワークショップでようやく、ロマン派どっぷりの世界から21世紀の東京への復帰を果たした。

ゲストの野平一郎を交えて細川俊夫、マヌリとともに行われたトーク・セッション 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
ゲストの野平一郎を交えて細川俊夫、マヌリとともに行われたトーク・セッション 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

ピエール・ブーレーズが創設したフランス国立音響音楽研究所(IRCAM)で出会い、旧知の間柄の野平はマヌリの音楽を「時流に媚びず、自身の道を行く。ブーレーズが先陣を切ったコンピューター音楽を掘り下げ、大きな空間を制御する総合芸術を極めました」と評価。マヌリは「私の興味はあくまで音楽。最近のコンピューター音楽の作曲家に古典の素養がない人の多いのを残念に思います。伝統は覚えるのではなく、自分の脳や体に取り込み、新たな発想を展開するためのものです。私はエレクトロニクスと伝統の両方を踏まえ、楽器演奏と電子音響を同時に展開してきました」と返した。プログラムに載った細川との交換メールでは「私はオーケストラを動かしたい。この途方もない音楽上の概念には、まだまだ多くのことを見出すことができると思うからです」と記した。

ワークショップは公募で選ばれた小品3作が対象。杉本能(2001―)の「Earth, Water & Air」には「もう少し形式があれば」、鷹羽咲(2001―)の「エマルション」には「ウェーベルンを思わせるところもあって音楽的だけど、最後の部分がわからない」、浦野真珠(2002―)の「BAT and CACTAS」には「言いたいことがしっかりあり、ちょうどいいところに収まるので、とても気に入りました」とコメントした。

若手作曲家の公募作品による作曲ワークショップ 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
若手作曲家の公募作品による作曲ワークショップ 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

27日の「室内楽ポートレート」は満員の盛況。異なる性格を持つ11の「断片」が有機的な「旅」を繰り広げる弦楽四重奏曲第4番「フラグメンティ」をタレイア・クァルテットが高度のテンションで弾ききれば、「本来は指揮者がいなければ合わない」はずの「六重奏の仮説」では今井貴子(フルート)、田中香織(クラリネット)、松岡麻衣子(ヴァイオリン)、山澤慧(チェロ)、西久保友広(マリンバ)、永野英樹(ピアノ)の百家争鳴(ひゃっかそうめい)が社会一般のヒエラルキー(階層制)を逃れ、大きな音の渦に吸い込まれていく。ここまでがアコースティックで、ソプラノ独唱(溝淵加奈枝)の「イッルド・エティアム」とピアノ独奏(永野)の「ウェルプリペアド・ピアノ(第3ソナタ…)」はライブ・エレクトロニクス(今井慎太郎)との作品。サウンド・ミキシングはマヌリ自身が行った。魔女裁判の審判官と魔女の1人2役をソプラノが演じる前者、まさかのダニエル・バレンボイムが委嘱し自ら世界初演した後者。生音を受けたコンピューターは打ち返したり、全く違う動きをみせたり、一筋縄ではいかない。それぞれが強いインパクトを放ちながらブルーローズ全体に新鮮な音響空間を現出させた。極上のエンターテインメント性まで発揮していたのがすごい。溝淵と永野のソロも最上級の賞賛に値する。

マヌリの「室内楽ポートレート」より。サウンド・ミキシングはマヌリが担った 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
マヌリの「室内楽ポートレート」より。サウンド・ミキシングはマヌリが担った 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

29日のオーケストラ・プログラムはアルディッティ独奏による協奏曲風(クセナキス「ドクス・オーク」日本初演)、あるいは四重奏団をソリストに見立てた合奏協奏曲風(細川俊夫「フルス(河)」、マヌリ「メランコリア・フィグーレン」日本初演)が並んだ。マヌリ作品は弦楽四重奏曲第3番「メランコリア:デューラーによせて」を土台に7つの独立したセクションで構成、原曲を拡大した部分もあれば、新しい即興に委ねる部分もあるという。ブラッド・ラブマン指揮東京都交響楽団とアルディッティ弦楽四重奏団の演奏は極めて解像度が高く、オーケストラの古典的な語法から刃のように切り立った現代の一撃までを漏れなく再現。マヌリの多彩な世界の確認に〝とどめ〟を刺した。

アルディッティ弦楽四重奏団とラブマン指揮、都響によるオーケストラ・プログラム 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
アルディッティ弦楽四重奏団とラブマン指揮、都響によるオーケストラ・プログラム 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

公演データ

【サントリーホール サマーフェスティバル2024】取材公演

テーマ作曲家フィリップ・マヌリ
〇 作曲ワークショップ×トーク・セッション
8月26日(月)19:00 ブルーローズ

レクチャー:フィリップ・マヌリ、細川俊夫
ゲスト:野平一郎
フルート:山本 英
クラリネット:東 紗衣
ヴァイオリン:迫田 圭
ヴィオラ:甲斐史子
チェロ:細井 唯

杉本 能:パウル・クレー「ペダゴジカル・スケッチブック」による習作Ⅲ「Earth, Water & Air」(2024)
鷹羽 咲:「エマルション」クラリネットとヴァイオリンのための(2024)
浦野真珠:「BAT and CACTAS」弦楽三重奏のための(2024)

〇 室内楽ポートレート
8月27日(火)19:00 ブルーローズ

フィリップ・マヌリ(1952~ ):
弦楽四重奏曲第4番「フラグメンティ」(2015)
タレイア・クァルテット
「六重奏の仮説」6楽器のための(2011)
フルート:今井貴子
クラリネット:田中香織
マリンバ:西久保友広
ピアノ:永野英樹
ヴァイオリン:松岡麻衣子
チェロ:山澤 慧
「イッルド・エティアム」ソプラノとリアルタイム・エレクトロニクスのための(2012)
ソプラノ:溝淵加奈枝
エレクトロニクス:今井慎太郎
サウンド・ミキシング:フィリップ・マヌリ
「ウェルプリペアド・ピアノ(第3ソナタ…)」ピアノとライブ・エレクトロニクスのための(2020)
ピアノ:永野英樹
エレクトロニクス:今井慎太郎
サウンド・ミキシング:フィリップ・マヌリ


ザ・プロデューサー・シリーズ「アーヴィン・アルディッティがひらく」
〇 オーケストラ・プログラム
8月29日(木)19:00 大ホール

細川俊夫:「フルス(河)」~私はあなたに流れ込む河になる~弦楽四重奏とオーケストラのための(2014)
ヤニス・クセナキス:「トゥオラケムス」90人の奏者のための(1990)
同:「ドクス・オーク」ヴァイオリン独奏と89人の奏者のための(1991)
ソロ・ヴァイオリン:アーヴィン・アルディッティ
フィリップ・マヌリ:「メランコリア・フィグーレン」弦楽四重奏とオーケストラのための(2013)

アルディッティ弦楽四重奏団
指揮:ブラッド・ラブマン
管弦楽:東京都交響楽団

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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