今年で34回目となる国際教育音楽祭、パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)が7月10日から30日の間、札幌を中心に開催された。そのハイライトとなるガラ・コンサート(28日、札幌コンサートホールKitara)の模様を中心に報告する。(宮嶋 極)
20世紀の巨匠レナード・バーンスタインの提唱で1990年に創設されたPMF。今年は環太平洋地域を中心に世界各国からオーディションで選抜されたアカデミー生と呼ばれる若手音楽家85人が参加しPMFオーケストラを編成。前半はウィーン・フィル、ベルリン・フィルの主要メンバー、後半は米国の名門オケのコンマスや首席奏者らの名手たちが参加したPMFアメリカの指導のもと大小さまざまなコンサートを開催しながらの実践形式で研さんを積んだ。
札幌での最終公演となったガラ・コンサートは2部構成。第1部は札幌コンサートホールの専属オルガニスト、ウィリアム・フィールディングによるオルガン演奏、女性4人のプレイヤーによるルミエサクソフォンカルテット、PMFの〝卒業生〟で韓国を拠点に活躍中のリーザス・カルテットの室内楽演奏が行われた。(曲目は公演データをご参照ください)
アカデミー生たちの研さんの成果の披露となる第2部は今年、首席指揮者のタイトルで登場したウィーン出身の名匠マンフレート・ホーネックの指揮で、ティル・フェルナーをソリストにモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調、マーラーの交響曲第5番嬰ハ短調が取り上げられた。
ウィーン出身のフェルナーはフォルテピアノを意識しているかのようにペダルの使用を最小限にとどめて、シンプルな響きながらも粒立ちの美しい演奏を披露。フェルナーの繊細なタッチは、弦楽器を12型の編成に絞って精緻な演奏を繰り広げたPMFオケとうまくかみ合っており、両者のアンサンブルは瑞々しい生命感にあふれたものとなった。盛大な喝采に応えてフェルナーはシューベルトの4つの即興曲Op.142より第2番をアンコールした。
メインのマーラー5番にはワシントン・ナショナル響コンマスのヌリット・バー・ジョセフをはじめPMFアメリカの講師陣が各パートのトップとして演奏に参加。冒頭のトランペットから管楽器各パートに難易度の高いソロが割り当てられているが、さすが米国の名門オケの手練(てだ)れだけに、アカデミー生のお手本となる名人芸を次々と繰り出して、演奏全体をリードしていった。特に印象的だったのはホルンのトップを務めたロサンゼルス・フィルの首席アンドリュー・ベイン。豊かな音量と抜群の安定感は目を見張るものがあり、ホーネックは第3楽章のソロで彼をその場に立たせて演奏させるほどのヴィルトゥオーゾぶりを発揮していた。
ホーネックは旋律線を美しく描き出すような優美さを感じさせるアプローチ。オケから若さに任せた大音量や爆発的な推進力を引き出そうとするのではなく、全体のバランスや内声部の動きをしっかりと意識しながら、彼が目指すマーラー像を丁寧に組み立てていき、最後には輝かしいクライマックスを築き上げてみせた。若い音楽家たちのエネルギーを自在にコントロールして、それをうまく活用していく手腕はなかなかのものであった。ホーネックのリードにしっかりと応えたオケも上手かった。特に研ぎ澄まされた弱音によるデリケートな演奏が随所に行われ、音楽全体に深みをもたらしていた。
終演後の喝采は盛大で、アンコールとしてリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」から〝オックス男爵のワルツ〟を演奏。ホーネックはカルロス・クライバーを彷彿とさせる指揮姿で、華やかにコンサートを締めくくった。モーツァルト、シューベルト、マーラー、そして「ばらの騎士」とアンコールも含めて〝ウィーン尽くし〟のコンサートとなった。
筆者はこの音楽祭が創設された1990年以来、自分の出身地のフェスティバルということもありほぼ毎年取材に訪れているが、この10年間くらいでPMFオケの技量が各段に向上したように感じる。2010年代中盤からスポンサー収入の減少が続き、音楽祭の規模自体は縮小を余儀なくされている。かつてはアカデミー生約130人が1カ月間、札幌に滞在して共同生活をしながら勉強していたが、現在は90人以下、期間も20日程度に短縮されている。しかし、人数を絞ったことがオーディションの難易度を高めることに繋がったのであろうか、以前に比べてプロとしてすぐにでも通用しそうなアカデミー生が増えたように感じる。さらにかつてのアカデミー生たちが複数、世界の名門オケで枢要なポジションに就いたことなどが実績となり、PMFに参加したいと希望する有望な若手音楽家が増えたことも一因として考えられる。これこそ、PMFが34年にわたって継続されてきたことの成果にほかならない。その意味でもPMFは北海道や札幌市にとって世界に誇るべき文化的財産に成長したと言うことができよう。今後、道内はもちろん、日本全国の企業にもっと援助を拡大してもらい、バーンスタインの遺志を50年、100年と受け継いでいってほしいと思う。
公演データ
PMFガラ・コンサート
7月28日(月)15:00 札幌コンサートホールKitara
〇第1部
オルガン:ウィリアム・フィールディング
ルミエサクソフォンカルテット
ソプラノ・サクソフォン:住谷 美帆
アルト・サクソフォン :戸村 愛美
テナー・サクソフォン :中嶋 紗也
バリトン・サクソフォン:竹田 歌穂
リーザス・カルテット
第1ヴァイオリン:ヘニ・リー(PMF2018)
第2ヴァイオリン:ジウン・ユー(PMF2019)
ヴィオラ:メアリー・ウンギョン・チャン(PMF2018)
チェロ:ユギョン・マ
※ウィリアム・フィールディング
デュボワ:トッカータ ト短調
※ルミエサクソフォンカルテット
R・クレリス:序奏とスケルツォ
A・グラズノフ:サクソフォン四重奏曲Op.109 から第2楽章抜粋、第3楽章
※リーザス・カルテット
ハイドン:弦楽四重奏曲変ロ長調Op.76 第4番「日の出」から第1楽章
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番ハ長調Op.59 第3番「ラズモフスキー」から第2楽章
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第6番ニ短調Op.80 から第1楽章
クリスティーナ・マクファーソン(コンツェ編):ワルチング・マチルダ
〇第2部
指揮:マンフレート・ホーネック
ピアノ:ティル・フェルナー
管弦楽:PMFアメリカ、PMFオーケストラ
コンサートマスター:ウェンチー・ケ(PMFアカデミー、前半)/ヌリット・バー・ジョセフ(PMFアメリカ、ワシントン・ナショナル響コンサートマスター、後半)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
シューベルト:4つの即興曲Op142 D.935より第2番変イ長調(ソリスト・アンコール)
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
リヒャルト・シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」op.59から〝オックス男爵のワルツ〟 (オーケストラ・アンコール)
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。