首席指揮者ルイージの方向性あらわに~N響9月定期より

首席指揮者に就任して1年が経過したファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団
首席指揮者に就任して1年が経過したファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団

首席指揮者ファビオ・ルイージが登場したNHK交響楽団の9月定期公演を振り返る。取材したのはリヒャルト・シュトラウス・プログラムのAプロ2日目(10日、NHKホール)とワーグナー「ニーベルングの指環(リング)」の管弦楽編曲版を取り上げたCプロ初日(15日、同ホール)の2公演。(宮嶋 極)

 

ルイージがN響首席指揮者に就任して1年が経過、9月の定期は彼の目指す方向性が〝見える化〟された演奏会になったように感じた。それはN響のレパートリーのさらなる拡大というよりは〝深化〟というものではないだろうか。

 

Aのシュトラウス・プロは1曲目の交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を除くと、ブルレスケ、交響的幻想曲「イタリアから」ともに演奏機会はあまり多くはない作品である。とはいえ、曲の面白さや聴き応えはなかなかのもので、ルイージはドイツものを得意とするこのオーケストラの蓄積と高い技術力を駆使して、これら作品の魅力を紹介していこうと考えていることは容易に想像できる。歴代名誉指揮者であったヴォルフガング・サヴァリッシュ(桂冠名誉)、オットマール・スウィトナー、ホルスト・シュタインをはじめドイツ・オーストリア系の名匠たちと紡いできた伝統をさらに深めていく意図であろう。

 

また、今回の選曲にはユーモアがテーマとなっているようだ。「ティル…」はいうまでもなく、ブルレスケも元来はユーモアと辛らつさを兼ね備えた楽曲を指す。独奏ピアノを伴う協奏曲のような作りで、ティンパニがソロ楽器のようにピアノと絡むのが特徴。マルティン・ヘルムヒェンはクリアでしっかりとした芯を感じさせるタッチで弾き進めていく。この日のティンパニは首席奏者の植松透。音程感が明瞭な演奏でピアノとの掛け合いの面白さをうまく表現していた。オケ全体も緻密で雄弁なアンサンブルを繰り広げ、2人のソロを軽妙に支えていた。

 

メインの「イタリアから」は若き日のシュトラウスが見聞を広げるために訪れたイタリアで受けたインスピレーションを基に22歳の時に作曲した作品。後のシュトラウスの作風に通じる響きもある一方で、ヴェスヴィオ登山鉄道の歌「フニクラ・フニクラ」の旋律を採用するなど、比較的自由な発想でさまざまなスタイルを試すかのように書かれている。ルイージは明るく活気に満ちた音楽作りで、若きシュトラウスのシャレの利いた柔軟な発想を楽しく聴かせてくれた。個人的にはとてもいいプログラムだったと感じた。

 

ブルレスケのピアノ独奏はマルティン・ヘルムヒェンが務めた 写真提供:NHK交響楽団
ブルレスケのピアノ独奏はマルティン・ヘルムヒェンが務めた 写真提供:NHK交響楽団

Cプロ、ワーグナー「ニーベルングの指環」オーケストラル・アドベンチャーは上演に4晩、約15時間を要する大作である「リング」をオランダの作曲家で打楽器奏者でもあるヘンク・デ・フリーヘルが65~70分で演奏できる大きな交響詩のように編曲したオーケストラ曲。今年8月、フェスタサマーミューザでセバスティアン・ヴァイグレと読売日本交響楽団が充実の演奏を披露したことも記憶に新しい。(詳細はワーグナー指揮者、ヴァイグレが辣腕(らつわん)振るう~フェスタサマーミューザ読響公演 | CLASSICNAVI

 

ヴァイグレと同じくルイージもオペラ指揮者としての実績は周知の通りで、「リング」の全曲演奏ではメトロポリタン歌劇場でのライブ収録のソフトが高い評価を得ている。

 

ルイージはオケを豊かに鳴らしながら、この編曲版の縦糸となる主要なライトモティーフをくっきりと浮かび上がらせ、作品全体の流れをひとつの管弦楽作品として明快に提示していた。楽劇4作品のそれぞれのヤマ場に縛られることなく「神々の黄昏」からチョイスされたパートに大きなクライマックスをもってくるような音楽作りを行っていた。編曲版で「ジークフリートとブリュンヒルデ」との副題が付けられた箇所、楽劇本来でいうと「神々の黄昏」序幕後半の場面における力強く輝かしい響きは圧巻であった。一点残念だったのは、終盤に差し掛かり、ホルンのソロに安定感が失われたことである。前半はしっかりとした演奏だっただけに唇に疲れが出たのであろう。もし、そうだとしたらアシと呼ばれるアシスタント奏者の負担を増やすなど事前の対策が求められるのではないかと思った。

 

とはいえ、演奏全体としてはN響のドイツ音楽における伝統をベースにした底力が存分に引き出された見事なもので、ルイージの指揮でワーグナーの楽劇全曲を聴いてみたいと思わせてくれるほどであった。ルイージの任期は2028年8月まで延長された。その間にオペラの名匠の棒でワーグナーやヴェルディの舞台作品を演奏会形式ででも上演してもらいたいものである。

Cプログラム、「ニーベルングの指環」オーケストラル・アドベンチャーより 写真提供:NHK交響楽団
Cプログラム、「ニーベルングの指環」オーケストラル・アドベンチャーより 写真提供:NHK交響楽団

公演データ

【NHK交響楽団9月定期公演】

〇Aプログラム

9月9日(土)18:00、10日(日)14:00 NHKホール

指揮:ファビオ・ルイージ
ピアノ:マルティン・ヘルムヒェン
コンサートマスター:篠崎 史紀(N響特別コンマス)

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」Op.28
リヒャルト・シュトラウス:ブルレスケニ短調
リヒャルト・シュトラウス:交響的幻想曲「イタリアから」Op.16

 

〇Cプログラム

9月15日(金)19:30、16日(土)14:00 NHKホール

指揮:ファビオ・ルイージ
コンサートマスター:西村 尚也(客演 マインツ州立管第1コンマス)
ワーグナー(フリーヘル編):「ニーベルングの指環」オーケストラル・アドベンチャー

Picture of 宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

連載記事 

新着記事 

SHARE :