名演で出会う名歌手たち~ペーザロ・ロッシーニ・フェスティバル2023レポート②

サラ・ブランク扮するゼノービア(左)とアレクセイ・タタリンツェフのアウレリアーノ (C)Rossini Opera Festival
サラ・ブランク扮するゼノービア(左)とアレクセイ・タタリンツェフのアウレリアーノ (C)Rossini Opera Festival

コロナ禍をはさんで4年ぶりに訪れたベルカントの総本山、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)。今年は演奏水準も歌手のレベルも高く、若者公演には日本人の新星も登場した。全3回の報告の第2回。(香原斗志)

第1回はこちら
歌唱と管弦楽と演出が理想的なバランス~ペーザロ・ロッシーニ・フェスティバル2023レポート①

最高の女性歌手が歌った「パルミラのアウレリアーノ」

1813年12月、ロッシーニが21歳のときにミラノ・スカラ座で初演されたオペラ・セリア「パルミラのアウレリアーノ」(8月15、18、21日に鑑賞)。2014年の再演だが、興奮を禁じえない刺激的な演奏だった。

 

物語は、いまのシリアにあったパルミラ王国が272年、ローマのアウレリアヌス帝(アウレリアーノ)に制圧された史実にもとづく。女王ゼノービアはペルシアの王子アルサーチェと愛し合っており、そこに迫ったアウレリアーノはゼノービアに、自分を愛すれば平和を守ると提案するが、彼女は聞き入れない。だが、最後に皇帝は、ローマへの忠誠を条件に2人を許す。

ゼノービア(サラ・ブランク=下)とアルサーチェ(ラッファエッラ・ルピナッチ)(C)Rossini Opera Festival
ゼノービア(サラ・ブランク=下)とアルサーチェ(ラッファエッラ・ルピナッチ)(C)Rossini Opera Festival

マリオ・マルトーネの映画的に美しい演出のもと、ジョルジュ・ペトルーの指揮は叙情性と活気が両立し、沸き立つ音楽への愉悦が得られた。アウレリアーノ役のアレクセイ・タタリンツェフ(テノール)は、中音域が充実した力強い声が高音まで無理なく伸び、アジリタが巧みに加わる。カストラートのために書かれたアルサーチェ役は、メッゾ・ソプラノのラッファエッラ・ルピナッチで、旋律に若干音のムラができるのを除けば、華麗な装飾も見事に歌う。

第2幕、アルサーチェが逃避した場所には羊もいる (C)Rossini Opera Festival
第2幕、アルサーチェが逃避した場所には羊もいる (C)Rossini Opera Festival

しかし、圧巻はゼノービア役を歌ったスペインのソプラノ、サラ・ブランク【※本人の発音による。ブランチと記載される場合も】だった。清らかな美声が低音から高音まで同質に保たれて完璧にコントロールされ、軽やかだが質量はあり、急速なアジリタは正確で超高音も鮮やか。ピアニッシモが美しく、フォルテの音が心地よい。

 

同地のロッシーニ・アカデミーを修了して10年ぶりの出演だが、インタビューすると、

 

「ROFは重要なのですぐに戻ってきたかったけれど、まずは基礎固めだと考え、ドイツのロッシーニ・フェスティバルのほかマドリードやバルセロナで経験を積み、ロッシーニの語法を理解し深めました。10年後でよかったと思います」

 

堅実で賢明である。自身の歌唱の特徴をどう捉えているか。

 

「レッジェーロではなくコロラトゥーラがあるリリコまたはリリコ・レッジェーロ。超高音まで容易に達しますが、声はどの音域でも均質であるべきで、経験を積みテクニックを磨いてそれを可能にしました」

 

音楽一家に生まれ、幼少期から合唱で鍛え、14歳で音楽院に入ったエリート。今後、ウィーン国立歌劇場や英国ロイヤル・オペラ・ハウス、ミラノ・スカラ座などへのデビューも目白押しで、近い将来の大スターだろう。

インタビューに答えるサラ・ブランク
インタビューに答えるサラ・ブランク

若者公演「ランスへの旅」の驚くべき水準と日本の星

アカデミー修了生の発表公演として、例年どおり「ランスへの旅」がキャストを換えて2回上演された(8月16、18日)。今年は若い歌手たちのレベルがすこぶる高く、大劇場に持っていっても聴衆は満足すると思われるほどで、驚かされた。

 

今後、頭角を現しそうな歌手の名を挙げると、16日組はドン・プロフォンドのエドゥアルド・マルティネス、トロンボノク男爵のヴァレリオ・モレッリ、シドニー卿のアルベルト・コメスら男声低音。18日は2人のソプラノ、フォルヴィル伯爵夫人のヴィットリアーナ・デ・アミーチスとコリンナのマルティーナ・ルッソマンノ。両日歌った2人のテノール、リーベンスコフ伯爵のピエトロ・アダイーニと騎士ベルフィオーレのパオロ・ネーヴィも出色で、フアン・ディエゴ・フローレスの若いころを思わせる前者は、アカデミーの既卒生だった。

若者公演「ランスへの旅」(右から2番目の椅子上が杉山沙織) (C)Amati Bacciardi
若者公演「ランスへの旅」(右から2番目の椅子上が杉山沙織) (C)Amati Bacciardi

そんななかメッゾ・ソプラノの杉山沙織が、このアカデミーを受講した2016年以来の日本人として、16日にマッダレーナ、18日にメリベーア侯爵夫人を歌い、優秀な歌手たちと十分に渡り合った。声のボリュームは課題だが、質感の高い響きも、正しい発声と発語が反映した美しい言葉も、磨けば欧州で通用する水準にある。

 

「イタリアに来てまず気づいたのは、発語の位置が日本語とまったく違うこと。音が体の外の空間にあって、自由に楽しむように発語していると感じました」

 

と杉山。いまは「イタリア人と同じ発語を、日本語を話すときも意識している」と語るが、着眼とそれを生かす努力は本場での成功に欠かせない。成長が楽しみだ。

「ランスへの旅」より、リーベンスコフ伯爵のピエトロ・アダイーニとメリベーア侯爵夫人の杉山沙織 (C)Amati Bacciardi
「ランスへの旅」より、リーベンスコフ伯爵のピエトロ・アダイーニとメリベーア侯爵夫人の杉山沙織 (C)Amati Bacciardi
Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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