世界的にウィズコロナが浸透した2022年、日本のクラシック音楽界も海外オーケストラやアーティストの来日が徐々に増えて、コロナ禍前には及ばないもののかなりの活況を呈した。そこで今回の「先月のピカイチ、来月のイチオシ」は昨年に続き特別企画として「クラシックナビ」執筆者9人に2022年に取材した公演の中からベスト5を挙げてもらい、その集計をもとに「2022年年間ベスト10」を選出した。その結果、サイモン・ラトル指揮、ロンドン交響楽団の日本公演とジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団によるリヒャルト・シュトラウス「サロメ」が同点で1位に輝いた。これに続く3位は体調不良で来日できなかったダニエル・バレンボイムに代わってクリスティアン・ティーレマンが指揮したシュターツカペレ・ベルリンの演奏会。ノットと東響は他公演でも得点があることから合計するとトップの高得点となり、このコンビの充実ぶりがうかがえる。さらに再開したセイジ・オザワ松本フェスティバルからもモーツァルト「フィガロの結婚」とアンドリス・ネルソンスが指揮台に立った特別公演がそれぞれ高い評価を得た。
【採点・集計方法】
2022年1月1日から12月31日までの間に国内で開催された公演の中からクラシックナビの執筆者9人がそれぞれ、ベスト5を選出。1位5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点と配点。その合計をもとに順位を決定した。なお、複数回公演を開催、あるいは海外オケの来日等で複数演目があった場合、取材日にかかわらずひとつにまとめてカウントし集計した。
①サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団(10月)……12点
①ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 R・シュトラウス「サロメ」(11月)……12点
③クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ベルリン(12月)……11点
④セイジ・オザワ 松本フェスティバル モーツァルト「フィガロの結婚」
沖澤のどか指揮、ロラン・ペリー/ローリー・フェルドマン演出、サイトウ・キネン・オケ(8月)……10点
⑤セイジ・オザワ 松本フェスティバル30周年記念特別公演 アンドリス・ネルソンス指揮 サイトウ・キネン・オケ(11月)……8点
⑥ベルチャ・クァルテット(10月)……7点
⑦クラウス・マケラ指揮 東京都交響楽団(6月)……6点
⑦新国立劇場「ジュリオ・チェーザレ」
リナルド・アレッサンドリーニ指揮、ロラン・ペリー演出、東京フィルほか(10月)……6点
⑨エリーナ・ガランチャ リサイタル(6月)……5点
⑨ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団10月定期公演……5点
⑨児玉 桃 メシアン・プロジェクト2022 Vol.2(12月)……5点
⑨ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団第9特別公演(12月)……5点
【筆者個別評】※五十音順
◆◆池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選◆◆
①セイジ・オザワ 松本フェスティバル30周年記念特別公演
11月26日(土)ホクト文化ホール(長野市)
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
②チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル
8月25日(木)東京オペラシティ コンサートホール
ヘンデル:クラヴサン組曲第1集から第2番、8番/ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガほか
③オペラシアターこんにゃく座創立50周年記念公演 寺嶋陸也「あん」
2月11日(金)俳優座劇場
③オペラシアターこんにゃく座創立50周年記念公演 寺嶋陸也「あん」
2月11日(金)俳優座劇場
④アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団&内田光子(ピアノ)
11月14日(月)サントリーホール
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」ほか
⑤神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズ グラス「浜辺のアインシュタイン」
10月8日(土)神奈川県民ホール
キハラ良尚(指揮)/平原慎太郎(演出)/東京混声合唱団ほか
ヒューマンなマエストロと日本の弦楽器文化の幸福な出会い
どこか茫洋(ぼうよう)としていてつかみどころがなく、何も変わったこともせず基本に忠実。「この指揮者のどこが、そんなに高く評価されているのか?」といぶかしく思いながら聴き進めるうち、唐突に訪れる一瞬で光景が一変、一期一会の深い感動と響きに満ちた音楽の渦に巻き込まれていく。指揮台の権威を振りかざす要素はかけらもなく、個々のオーケストラプレーヤーと対等の人間関係をつくりながら、最大最善の表現を引き出す。ヒューマンな関係性を基本とする点で、ネルソンスはクラウディオ・アバドの路線の継承者といえる。ボストン交響楽団の先輩音楽監督、小澤征爾が長野県で始めた音楽祭の30周年記念で実現した日本のオーケストラとの初共演はマーラー。最初は管楽器やハープの名人芸に耳を奪われていたが、第4楽章では齋藤秀雄以来の日本の弦楽器教育の成果をとことん生かし、じっくりと掘り下げ、ゆっくりと歌わせ、別世界の感動へと誘っていく手腕の見事さに圧倒された。
◆◆香原斗志(音楽評論家、オペラ評論家)選◆◆
①エリーナ・ガランチャ メゾ・ソプラノ リサイタル2022
6月29日(水)すみだトリフォニーホール
マルコム・マルティノー(ピアノ)
ブラームス:「愛のまこと」/ラフマニノフ:「夢」/バルビエリ:サルスエラ「ラバピエスの小理髪師」より、ほか
②セイジ・オザワ 松本フェスティバル モーツァルト「フィガロの結婚」
8月24日(水)まつもと市民芸術館
沖澤のどか(指揮)/ロラン・ペリー&ローリー・フェルドマン(演出)/サイトウ・キネン・オーケストラほか
③フアン・ディエゴ・フローレス テノール・コンサート
9月19日(月)東京文化会館
ミケーレ・スポッティ(指揮)/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
ロッシーニ:「セミラーミデ」より/プッチーニ:「ラ・ボエーム」より、ほか
④クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団
10月18日(火)サントリーホール
ストラヴィンスキー:「火の鳥」ほか
⑤庄司紗矢香(ヴァイオリン)&ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピノ)デュオ・リサイタル
12月16日(金)サントリーホール
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」ほか
すべての曲が磨き抜かれたガランチャの完成度
コロナ禍で2年先送りになったガランチャのリサイタル。どこにも無理がなく端正に歌われながら無限のニュアンスが加えられ、力強く、高貴でもある歌たちに心を奪われ続けた。細部までコントロールが行き届きながら、ふくよかに歌われる歌曲は、ブラームスもラフマニノフも一語一語が心に染み入る。7曲におよんだアンコールまでいかに傑出していたかは、そこで聴いてはじめてサントゥッツァのアリアの豊かさを知らされた、といえば伝わるだろう。これほど完成度が高いリサイタルは、10年さかのぼっても思い出せない。歌手の独唱ではフローレスも出色のでき。ロッシーニでは相変わらずアジリタが鮮やかで超高音もさえる。「ラ・ボエーム」やフランス作品も、絶妙のポルタメントが加えられるなど確実に進化していた。また、沖澤のどかの才能に驚かされた「フィガロの結婚」、マケラの天才、ガット弦を用いた庄司紗矢香の深いニュアンスなど、いずれも1位に推したいほどである。
◆◆柴田克彦(音楽ライター)選◆◆
①ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 特別演奏会 R・シュトラウス:「サロメ」演奏会形式
11月18日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール
アスミク・グリゴリアン(サロメ)ほか
②ベルチャ・クァルテット
10月10日(月・祝)トッパンホール
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
③セイジ・オザワ 松本フェスティバル モーツァルト:「フィガロの結婚」
8月27日(土)まつもと市民芸術館
沖澤のどか(指揮)/ロラン・ペリー&ローリー・フェルドマン(演出)/サイトウ・キネン・オーケストラほか
④セイジ・オザワ 松本フェスティバル30周年記念特別公演
11月26日(土)ホクト文化ホール(長野市)
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
⑤新国立劇場 ヘンデル:「ジュリオ・チェーザレ」
10月8日(土)新国立劇場オペラパレス
リナルド・アレッサンドリーニ(指揮)/ロラン・ペリー(演出)/東京フィルハーモニー交響楽団ほか
好演が続き、復調傾向が際立った2022年
特に秋以降好演が続いた2022年だが、中でも凄絶(せいぜつ)を極めたノット&東響の「サロメ」をベストワンに。終始鮮烈なノットの指揮と高密度の演奏を展開した東響、強靭(きょうじん)で迫真的な歌手陣……これは演奏会形式オペラの良さが最大限に発揮された公演だった。高い精度と雄弁な表現を併せ持った最強のアンサンブル、ベルチャ・クァルテットは、「サロメ」との比較など不可能で、気持ちの中では同等のベストワン。ただインパクトの点で前者を1番手に挙げた。他では、沖澤のどか、ネルソンスのさえたタクトが相まって、30周年を機に改めて存在感を示したセイジ・オザワ 松本フェスティバル、精彩に富んだ「ジュリオ・チェーザレ」のみならず、「ペレアスとメリザンド」「ボリス・ゴドゥノフ」など意欲的な新制作が続いた新国立劇場の充実ぶり、さらにはラトル&ロンドン響、マケラ&パリ管といった来日オーケストラの復活・快演や、日本の各楽団の健闘も光っていた。
◆◆東条碩夫(音楽評論家)選◆◆
①ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 特別演奏会 R・シュトラウス:「サロメ」演奏会形式
11月20日(日)サントリーホール
アスミク・グリゴリアン(サロメ)ほか
②クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ベルリン
12月7日(水)サントリーホール
ブラームス:交響曲第1番ほか
③サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団
10月6日(木)サントリーホール
バルトーク:「中国の不思議な役人」組曲ほか
④クラウス・マケラ指揮 東京都交響楽団
6月26日(日)サントリーホール
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」ほか
⑤大阪国際フェスティバル ロッシーニ「泥棒かささぎ」演奏会形式
8月9日(火)フェスティバルホール
園田隆一郎(指揮)/大阪交響楽団/小堀勇介/青山貴ほか
外来オケの魅力ふたたび 国内オペラも健闘
編集部の意向に基づき一応の順位はつけたものの、実際は「順不同」に等しいものであることをおくみ取り願いたい。ノットと東京響の「サロメ」は、演奏の沸騰度のすごさという点で、並外れた水準に達していたと言っていいだろう。だが邦人勢による演奏会形式オペラの分野でも、歌手陣が妍(けん)を競った「泥棒かささぎ」は光っていた。一方、久しぶりに来日が再開された海外オーケストラ群も本領というべき伝統的な強みを発揮し、特にティーレマンとシュターツカペレ・ベルリンがブラームスの第1交響曲で響かせた「よき時代のドイツの滋味」は、最近はほとんど聴かれなくなったタイプの演奏であるだけに不思議な感銘を生んだ。円熟の境地に入ったラトルとロンドン響の顔合わせはまさにぴったりの相性で、このコンビの解消が惜しまれる。話題のマケラは、パリ管との来日公演での演奏よりも、この都響とのショスタコーヴィチの「7番」のほうが鮮烈な指揮であったろう。
◆◆深瀬 満(音楽ジャーナリスト)選◆◆
①新国立劇場 ヘンデル:「ジュリオ・チェーザレ」
10月8日(土)新国立劇場オペラパレス
リナルド・アレッサンドリーニ(指揮)/ロラン・ペリー(演出)/東京フィルハーモニー交響楽団ほか
②サー・アンドラーシュ・シフ(ピアノ)
11月3日(木・祝)所沢市民文化センターミューズ アークホール
シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番ほか
③ベルチャ・クァルテット
10月10日(月・祝)トッパンホール
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
④ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 特別演奏会 R・シュトラウス:「サロメ」演奏会形式
11月20日(日)サントリーホール
アスミク・グリゴリアン(サロメ)ほか
⑤サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団
10月6日(木)サントリーホール
バルトーク:「中国の不思議な役人」組曲ほか
四半世紀の厚みを映し出した新国立劇場の充実
堰(せき)を切ったように秋以降、来日組が急増した年となった。トップには開場25周年のご祝儀の意を含め、新国立劇場のヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」を推す。国内随一の常打ちオペラハウスとして、ここまで来るのに四半世紀かかった。その昔、同劇場のある外国人監督が自分の任期中に世界水準へ飛躍させると豪語していたが、やはり無理があったと思わざるを得ない。入魂のシーズン開幕公演で、同劇場は真のバロック・オペラ元年も迎えた。
トーク付き、3時間半コースで話題を呼んだピアノのアンドラーシュ・シフだが、所沢公演は演奏のみに集中、事前発表の演目で円熟の境地を満喫させた。傑作2曲を並べた重量級プロで驚異的な彫琢(ちょうたく)の深さを聴かせたベルチャSQも、キャリアのピークを思わせた。在京オーケストラの競争は激化する一方。長期政権の強みをみせつけたノット&東響の「サロメ」は出色の仕上がり。名門の来日が続いた海外オケは、サイモン・ラトルが有終の美を飾ったロンドン響で代表させる。
◆◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆◆
①クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ベルリン
12月6日(火)東京オペラシティ コンサートホール
ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死、ほか
②サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団
10月5日(水)サントリーホール
ブルックナー:交響曲第7番ほか
②フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
7月2日(土)ミューザ川崎シンフォニーホール
シューマン:交響曲第3番「ライン」ほか
③新国立劇場 ドビュッシー:「ペレアスとメリザンド」
7月2日(土)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/ ケイティ・ミッチェル(演出)/東京フィルハーモニー交響楽団ほか
⑤クリストフ・プレガルディエン(テノール)&ミヒャエル・ゲース(ピアノ)
10月3日(月)トッパンホール
シューベルト:「水車小屋の美しい娘」
世界のオーケストラ、奏者たちがもたらした音楽の喜び
名門オーケストラ、指揮者、ソリストたちの来日によって音楽界には新しい日常と活気が戻った。公演の実現に向けた主催者の忍耐と情熱に改めて感謝したい。
ティーレマンがシュターツカペレ・ベルリンと演奏した「トリスタンとイゾルデ」は、ここ数年訪れていないバイロイト祝祭劇場の響きがよみがえり、久しぶりにワーグナーのオペラの神髄を味わった。メインのブルックナーでも音楽の深化と名門歌劇場の矜持(きょうじ)あふれる演奏を体感できた。ラトルやロトが手兵のオーケストラと奏でた音楽には、指揮者と奏者たちの信頼関係と対話、演奏の喜びに満ちていて、彼らにしか出せない鮮やかな音がそこにあった。
「ペリアスとメリザンド」は新国立劇場芸術監督としてタクトを振った大野の音楽性とプロダクションの完成度の高さが光る。プレガルディエンとゲースのシューベルト・シリーズ、声とピアノが一体となってこそ表現できる詩の世界はリートの至芸に触れた幸せな時間だった。
◆◆道下京子(音楽評論家)選◆◆
①児玉桃(ピアノ)メシアン・プロジェクト2022 Vol.2
12月3日(土)浜離宮朝日ホール
メシアン:「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」
②松田華音×牛田智大 2台ピアノ・コンサート
7月21日(木)東京オペラシティ コンサートホール
プロコフィエフ:バレエ組曲「シンデレラ」、ラフマニノフ:組曲第1番「幻想的絵画」ほか
③アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル
6月30日(木)東京オペラシティ コンサートホール
シューマン:ピアノ・ソナタ第1番、リスト:ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」ほか
④マーク・パドモワ(テノール)&内田光子(ピアノ) デュオ・リサイタル
11月24日(木)東京オペラシティ コンサートホール
シューベルト:「白鳥の歌」、ベートーヴェン「遥かなる恋人に」ほか
⑤田崎悦子(ピアノ) Joy of Musicシリーズ第4回 Joy of Bartók
11月6日(日)東京文化会館 小ホール
バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ、組曲「戸外にて」ほか
若手からベテランまで…華やかなピアノ界
児玉桃は、パリを拠点に国際的に活動する日本人ピアニストのひとり。メシアン演奏に定評のある彼女が、浜離宮朝日ホールで昨秋「児玉桃メシアン・プロジェクト2022年」を開催。3回シリーズのうち、筆者は第2回を聴く。彼女の指先から紡ぎ出される神々しくも柔らかな響きは、ホールを包みこむ。その音楽には力みや奇をてらった表現はなく、彼女の演奏に対する謙虚な姿勢がうかがえる。あたたかく鮮やかな色彩に富み、輝くような光を放つ音はライヴでしか味わえない感覚と言っても良い。牛田智大&松田華音は、意外な組み合わせのようでいて、実は両者ともロシア・ピアニズムの系譜だ。個性はまったく違うが、集中力の高い演奏を聴かせてくれた。若き鬼才カントロフはソロだけではなく、コンチェルトや室内楽なども日本でたくさん演奏してほしいピアニスト。傘寿を過ぎた田崎悦子はオール・バルトーク・プログラム。メロディーを自然な音調で語らせ、同時にバルトークの内奥の世界へ鋭く迫る。
◆◆宮嶋極(音楽ジャーナリスト)選◆◆
①ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 特別演奏会「第九」2022
12月28日(水)サントリーホール
ベートーヴェン:交響曲第9番
②クラウス・マケラ指揮 東京都交響楽団
6月26日(日)サントリーホール
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」ほか
③セイジ・オザワ 松本フェスティバル モーツァルト「フィガロの結婚」
8月21日(日)まつもと市民芸術館
沖澤のどか(指揮)/ロラン・ペリー&ローリー・フェルドマン(演出)/サイトウ・キネン・オーケストラほか
④クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ベルリン
12月6日(火)東京オペラシティ コンサートホール
ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死、ほか
⑤セイジ・オザワ 松本フェスティバル30周年記念特別公演
11月26日(土)ホクト文化ホール(長野市)
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
ノット&東響 現代オケによるベートーヴェン演奏の理想形
年間ベストはノット&東響の第9。彼らの第9を聴いたのは2年ぶり、この間の目覚ましい進化と完成度の向上に驚かされた。現代オケによるピリオドの要素を取り入れたベートーヴェン演奏の理想の形といっても過言ではない。公演後にスコアを見ながら配信映像で細部を確認したが、譜面を忠実に再現しつつも機械的にならずに多彩な表現とみなぎる気迫で作品の本質に肉薄する10年に1度聴けるかどうかの第9と確信した。
マケラと都響のショスタコーヴィチも鮮烈だった。彼は10月にもパリ管と来日し才能の豊かさを証明したが、都響から普段とはまったく異なるサウンドを引き出し、彼の棒に楽員が喜々として応じていた様子に指揮者としては10年に一人の逸材だと思った。
同じく若手では沖澤も忘れられない。国際的歌手、猛者ぞろいのSKO相手にひるむことなく上演をまとめ上げた才能はなかなかのもの。多くの制限がほぼ解除された中で歌唱、演技、演出、演奏すべての面でめいっぱいパフォーマンスが繰り広げられ大いに楽しむことができた。
ティーレマンは円熟の域に向かっていくことを実感させる濃密な音楽作りとSKBとの相性の良さが光った。ネルソンスはボストン響との共演も良かったが、SKOとのマーラーの方がより緻密で能動的な演奏となり引き込まれた。
◆◆山田治生(音楽評論家)選◆◆
①ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団 10月定期公演
10月15日(土)NHKホール
マーラー:交響曲第9番
②サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団
10月6日(木)サントリーホール
シベリウス:交響曲第7番ほか
③エベーヌ弦楽四重奏団
6月17日(金)紀尾井ホール
ジャズ・セレクションほか
④新国立劇場 グルック:「オルフェオとエウリディーチェ」
5月19日(木)新国立劇場オペラパレス
鈴木優人(指揮)/勅使川原三郎(演出・振付)/東京フィルハーモニー交響楽団ほか
⑤N響チェンバー・ソロイスツ
12月6日(火)Hakuju Hall
R・シュトラウス:23の独奏弦楽器のためのメタモルフォーゼン、ほか
コロナ禍が続くなか、世界最高峰の演奏団体の来日と国内団体の充実
ブロムシュテット&N響のマーラー第9番は、2022年一番の感動。齢を重ねてもその感性はみずみずしいマエストロの指揮にN響が献身的に応えた。ラトル&ロンドン響のシベリウスの第7番はこのコンビの集大成のような演奏。エルガー、ブルックナーも素晴らしかった。エベーヌ弦楽四重奏団は、ジャズ・プログラムを最高の技術で楽しんで弾く。彼らのショスタコーヴィチの第8番にはジャズに通じるものがあったし、モーツァルトは、感情の変化のスピードが作品の本質をつく。新国立劇場はいくつも注目に値する新制作を発表したが、中でも勅使川原三郎演出・振付、鈴木優人指揮の「オルフェオとエウリディーチェ」はまさに日本から発信された世界レベルの上演。N響チェンバー・ソロイスツ23人によるR・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」は、同じ楽団の若い世代を中心とする精鋭ゆえの一体感。指揮者なし(白井圭がリーダー)だからこその名演。順位は感銘度による。