川瀬賢太郎指揮 名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演

少女の言葉を優しく包み込む武満の音楽、川瀬賢太郎と名フィルが築き上げる密度の濃い高水準の「英雄の生涯」

今年創立60周年を迎える名古屋フィルハーモニー交響楽団の東京公演の1曲目は、武満徹が谷川俊太郎の詩に音楽をつけた音楽詩「系図」。語りは映画「化け猫あんずちゃん」のかりん役などで知られる五藤希愛。武満が想定した10代半ばの少女そのものだ。彼女はこれを暗記して舞台に臨んだ。顔をまっすぐホールの正面に向けて、時代を超えて存在し続けるわたし自身のことや、祖父母や父母を見つめる一人の少女の、ちょっとした心の変化や昂(たか)ぶりを、繊細に造形された武満の音楽とともに清冽かつ可憐な声でていねいに語るのだが、音楽と見事に合致していて演技を超えたリアリティがあり、それを受け止める武満の音楽はどこまでも優しい。語り終えたあとの木魂のようなアコーディオンの響きやオーケストラの後奏が心に沁みる。この組み合わせでもう一度聴きたい。是非とも録音してほしい。

武満徹「系図-若い人たちのための音楽詩-」。五藤希愛の語りが音楽と見事に合致。語りの後のアコーディオンの響きやオーケストラの後奏が心に沁みた(c)中川幸作
武満徹「系図-若い人たちのための音楽詩-」。五藤希愛の語りが音楽と見事に合致。語りの後のアコーディオンの響きやオーケストラの後奏が心に沁みた(c)中川幸作

休憩を挟んで「英雄の生涯」。第1部冒頭〝英雄の主題〟が地の底から這いあがるようにダイナミックに奏でられ、〝英雄の行動力〟はリズムもフレーズも力強く明快。川瀬は確信的な力強いタクトで音楽の大きな流れを作りながら、ステージいっぱいに広がった16型のオーケストラとともに、シュトラウスの複雑なスコアを立体的に描き出す。第2部木管の〝英雄の敵たちの嘲笑〟の力み過ぎなほど執拗な攻撃に英雄も落胆の色を隠せない(弦の暗い和音が印象的だ)。
極めつけはコンサートマスター小川響子の奏でる第3部とそれ以後のヴァイオリンのソロ。弾き手が「英雄の伴侶」と化したような迫真の名演で、いまだかつてこれほどまでに表情豊かで人間的で存在感のある演奏は聴いたことがない。それをオーケストラがしっかりと抱きかかえる。

コンサートマスターの小川響子が「英雄の伴侶」と化したような迫真の名演を聴かせた(c)中川幸作
コンサートマスターの小川響子が「英雄の伴侶」と化したような迫真の名演を聴かせた(c)中川幸作

第4部「英雄の戦い」はテンション全開でどこまでも高潮していく。第5部「英雄の業績」は安らぎと慰めに満ち、「死と変容」や「ティル」などの旋律がさりげなく意識される。そして第6部「英雄の隠遁と生涯の成就」のしみじみとした感慨。川瀬の指揮は総じて静と動、緊張と弛緩、緩急の推移が明快でどの瞬間も印象深く聴かせるし、コールアングレなどの木管やホルンなどの金管、ティンパニなどの打楽器も充実。最後の金管の焔と静かなコーダを終えて川瀬はタクトを振り上げたまま静止。それをゆっくり下すと同時に会場から怒涛の歓声が沸き起こった。

川瀬賢太郎の指揮は、静と動、緊張と弛緩、緩急の推移が明快。どの瞬間も印象深く聴かせた(c)中川幸作 
川瀬賢太郎の指揮は、静と動、緊張と弛緩、緩急の推移が明快。どの瞬間も印象深く聴かせた(c)中川幸作 

オーケストラが舞台から捌(は)けた後で川瀬と小川が連れ立って姿を見せ、観客から拍手を受ける。長年の共演を通しての強い信頼関係に裏打ちされた、密度の濃い聴き応えのある演奏だった。

(那須田務)

公演データ

名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演

2月24日 (火) 19:00サントリーホール 大ホール

指揮:川瀬賢太郎
語り:五藤希愛
アコーディオン:大田智美
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:小川響子

プログラム
武満徹:系図-若い人たちのための音楽詩-
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」Op.40

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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