北村朋幹が3曲弾き振り!日本初演作品を含む〝攻め〟のプログラムを全身全霊でリード
石川県立音楽堂のコンサートホール改修に伴い邦楽ホールで行ってきた特別定期の最終回は、もはや「ピアニスト」の狭い枠に収めることが不可能となりつつある北村朋幹(1991年愛知県生まれ)がプログラムの3曲すべてを弾き振り。このうちフェデリコ・ガルデッラ(1979年ミラノ生まれ)が北村のために書いた「マードレ(母)―ピアノとオーケストラのための」(2023年)は日本初演という〝攻め〟のプログラムだった。
3曲を貫く「お題」は間違いなく冒頭に置かれた作曲家、ロベルト・シューマン(1810―1856)だ。ブラームスの才能を世に知らしめた恩人はシューマンだが、その夫人クララをはさんでの「三角関係」もまた、音楽史上で最も有名な〝ゴシップ〟となった。ガルデッラは「作曲をしているとき、私は私の内に潜む亡霊や幻たちと対話するのが好きなのですが、シューマンは間違いなく、そのうちの1人ですね」(北村朋幹によるインタビュー~KAJIMOTOのホームページより引用)と打ち明ける。最初ピアノを専門に学んだ彼にとって「ピアノはつねに母のような存在だった」ことから、北村のための協奏曲に「母」と名付けた。そこにも恋愛感情を超越、シューマンとブラームスを大きく包んだクララの母性も投影されているに違いない。
まずはシューマンが「単一楽章の小規模なピアノ協奏曲」(約15分)として書いた「序奏とアレグロ・アパッショナート」。編成は8型(対向配置の第 1、第2ヴァイオリン各8人、ヴィオラとチェロが各4人、コントラバスが2人)と小ぶりで、蓋(ふた)を取り払ったピアノが中央に置かれ、北村は客席に背を向ける形で座る。全曲、楽譜を置いての演奏だが、譜めくりは置かず、ダイナミックにページをめくっていく。開始は手を動かさず、アイコンタクトで管楽器との合奏を始めた。序奏はレガートを基調にした繊細な音づくり。アレグロのフォルテでは立ち上がって両手を上げ、オーケストラから激しい音を引き出す。「打点」など指揮法は全く意に介さず、「こうした音が欲しい」との意思を全身で伝えるエスプレッシーヴォなリードをベテランのゲストコンサートマスター、豊嶋泰嗣ががっちりと受け止め、1つの統合された音の光景が実現する。北村の後ろ姿は作曲者のアニマ(魂)に取り憑(つ)かれた人のそれであり、美しくも儚(はかな)いシューマンの世界が広がった。
ガルデッラの「マードレ」は「森の情景Ⅰ」「同Ⅱ」の両端楽章に「時の博物館」の第2楽章がはさまる3楽章構成。ピアニストが両手を大きく広げて最低音部、最高音部を同時に鋭く打鍵する導入部が形を変えて繰り返されながらコンサートマスターや管のソロが鳥や風、波の音を描き、「予言の鳥」(シューマンのピアノ曲「森の情景」の第7曲)の雰囲気を巧みに追想する。合わせの難所では豊嶋と首席チェロ奏者の植木昭雄が弓を振って数を数え、アンサンブルを整える。第2楽章は一転、目まぐるしく駆けめぐる音楽。第3楽章は第1楽章とシンメトリーのようでいて、ピアニストの両手は左右の端から次第に中央へ向かい、管弦楽と一体化していく。最後の激しいカデンツァを経て静かに終わるプロセスに人の声が重なる。オーケストラは「超むずかしい」楽譜を弾く上にハミングまで担ったのだが、同時代音楽の伝道者だった創立者、岩城宏之が金沢に植え付けたスピリットは今も健在で、最後の一瞬まで協力的だったのは素晴らしい。ガルデッラの繊細でシューマネスクな音の創造は多くの聴衆を魅了、盛大な拍手に包まれた。
北村は後半のブラームス「ピアノ協奏曲第2番」にも同じサイズと配置、徹底した室内楽的アプローチで臨んだ。様々な音の線だけでなく意外なほど軽やかなリズム、レガートを優先するソロの魅力が前面に出て、シューマンの有名なイ短調の「ピアノ協奏曲」との近似性が浮き彫りとなった。「シューマンがもう少し正気で長生きしていたら、このように大規模の協奏曲も書いていたのではないか?」と妄想できるほど多く、共通項を発見できたのは驚きだった。第3楽章では植木の同じく繊細なチェロ独奏と細やかにコンタクト、ピアノだけの箇所にはブラームス最晩年のソロ曲に通じる味わいも漂った。第4楽章ではリズムを思いっきり際立たせ、「重厚長大」の先入観を徹底して排除した結果、ラプソディックな熱狂が自然に盛り上がり、この曲の別の面を聴く思いがした。
(池田卓夫)
公演データ
オーケストラ・アンサンブル金沢 特別定期公演 Vol.4
2月20日 (金)19:00石川県立音楽堂 邦楽ホール
指揮・ピアノ:北村朋幹
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
コンサートマスター:豊嶋泰嗣
プログラム
シューマン:序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調Op.92
フェデリコ・ガルデッラ:マードレ(母)-ピアノとオーケストラのための(2023年 日本初演)
ブラームス:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調Op.83
他日公演
2月21日 (土)14:00石川県立音楽堂 邦楽ホール
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。










